ダンシング・ソード｜リアクション

ダンシング・ソード

　店の一角、刀袋に手を掛け、遠目に地図を使った打ち合わせを聞いていた人影がひとつ。
　ただ静かに座っているその人物――楪櫻に、高津戸が声をかけた。
「何か、飲むか？」
「いや……お気持ちだけで。有難う御座います」
　楪が小さく会釈をして、立ち上がる。一つに纏めた長い黒髪が揺れ、真っ直ぐに歩く姿に連れ動く。
「と、あと……余計な話かもしれないんだが」店を出ようとする楪を高津戸が呼び止める。「その、手にしてるモノなんだが」
　楪は手にした刀袋を確認の意味を込めて、軽く持ち上げる。
「そう、それ……刀、か？」
「刀、といえばそうなんですが……模造刀です」
「だよ、な」安心したように吐息を漏らして、高津戸が笑う。「あのヤク……スーツの兄ちゃん達が言ってたことに賛同、ってわけじゃねぇし、自分で集めておいてアレだが、無理はしてくれるなよ。何かあったら、すぐに呼んでくれ」
「……はい」
　楪は、そこで薄く――本当に小さな笑顔を見せた。

　――高津戸が店の外に出て、中華鍋を肩にかけ、タバコを口に咥える。
「さて、じゃあ準備はいいか」
「……鍋？」
　雨寺が不思議そうに顔を傾けると、高津戸は中華鍋を両手で握り、一振りしてみせた。
　鈍い音を響かせながら空気を震わせた鍋を見て、雨寺は「おぉ」と簡単の声を上げる。
「よい、しょ……っと。じゃあ、もう行くけど……いいよね？」
　そう言って確認を取る逆巻の手には、何故かカラーコーンがあった。そして、肩には黄色と黒が螺旋状に纏められたロープ。折畳式の板。その他にも幾つか奇妙なものを抱えている。
「おう、各自、とりあえず何かあったら即連絡だぞ」
　高津戸の発言を受け、逆巻が応答代わりにカラーコーンを持ち上げた。
　と、そこで高津戸が歩みを止める。
「……おいおい……」
　――いざ、というタイミングで周囲を確認してみると、その場には既に、ほとんどメンバーが残っていなかった。
「……ま、後で合流できるんじゃないかな。連絡は取れるし」
　逆巻の飄々とした言葉に、高津戸は溜息と笑いを混じらせ、改めて歩き出した。

　――星ヶ丘、住宅街。そこには、薄暗い路地を歩く尾鎌の姿があった。
「さて……じゃあ、どうしましょうかね」
　独り言ち、辺りに視線を向ける。薄闇の中でも、特に物陰、足元、月明かりに照らされる壁面の色――とにかく視界に収まる情報の取捨選択を素早く行う。そして、肌に流れる風の感触、それに乗る匂い、温度。それらに集中――特に、耳を震わせる音に注意を向ける。
「被害者も普通の人間……でも、気付けたなら、見えないだけで隠れるのは得意じゃない……のか、それとも」十字路のカーブミラーに目を向け、塀の角から顔を覗かせる。「……隠れる必要を感じてない、かしらね」
　自分の考えを口中で呟き、全ての感覚で気配を探りながら、一本一本道を確かめていた。

　――同じく、星ヶ丘。
　逆巻が大きな通りに面した路地の入口に、カラーコーンとロープを張っていた。
　折畳式の看板を広げると、そこには『工事中』の文字が書かれている。
　地図を見ながら、幾つかの入り口を同じように封鎖していく。
「ふむ……これは」
　高津戸が顎を撫でながら、呟く。と、逆巻は顔だけを向ける。
「まぁ、気休めにしかならないかもしれないけど……人払いはしておいたほうがいいし」
「まぁ、そりゃあな。で、この封鎖区画の中に切り裂き魔がいればいいが……」
「居なかったら中に追い込めばいいし、人通りが少なそうな場所は開けておくよ。皆にも伝えてあるから、そうそう邪魔は入らない……はず」
　その言葉に、高津戸は「なるほど」と納得した表情を浮かべた。