ダンシング・ソード｜リアクション

ダンシング・ソード

　――煌々と照る月が、寝子島に光を落とす夜。
　小さなスナックや居酒屋から漏れる笑い声だけが聞こえる商店街の一角、いつもであれば照明の落とされている喫茶店に、今日は珍しく入口のドアから蛍光灯の明かりが見えている。
「おう、随分と集まったな」
　ポロシャツの上からエプロンを着た、この喫茶店のマスター、高津戸（たかつど）が腕を組みながら店内を見回す。
　その視線の先は、そう広くはない店内に集まった総勢十五名の老若男女。
「どうも、初めてじゃない顔もちらほらあるな」
　高津戸が片眉を上げ、顎を撫でながら各々の顔を見ていく。
　肩に掛けていた竹刀袋を壁に立てかけて、御剣刀が鞄の中からチーズの箱を取り出し、テーブルの上に乗せる。日中とは違い、学生服ではなくジャケットにジーンズ、とラフな服装である。
「どうも。こんばんは……と、また不思議な厄介事みたいですね」
「ん……あぁ、そうだな」御剣が置いたチーズを見て、高津戸はカウンターの隅をチラと見た。
　視線の先にはダンボールがあったが、すぐにそれから視線を外す。
「また事件って聞いてお手伝いに来たよ！　寿井知さんは元気してるー？」
「おう、お嬢ちゃん。相変わらず元気そうだな」
　笑顔を浮かべて挨拶をする雨寺凛は、やや厚手の革ジャケットを羽織っていた。その雨寺の袖を、小さく引く姿があった。
　大きなトートバッグを肩に掛けた少女――黒依アリーセは、辺りを少し伺うように見ると、小さく口を開く。
「雨寺……さん。その……」
　それ以上は何も言わずに、口を閉ざす。店内は、静かに、どこか張り詰めた空気を漂わせている。
　はた、と止まって雨寺は、店内の雰囲気を察して、小さく笑う。
「まぁ、明るく元気に……ってワケにはいかねぇけどよ、そこまでピリピリすることはねぇんじゃねぇか？」
「油断しないに越したことはないと思うけど、ね」
　苦笑いを浮かべる高津戸に、逆巻天野がやや静かな視線を向ける。
　逆巻はそう言ってから、つい、と歩き出して辺りを見回す。
　店内に置いてあるカゴの中などをそれとなくチェックし、ダンボールを軽く指で弾いた。
　わずかにゴソゴソと動き出したダンボールを見て、逆巻はポケットから四角いチーズを取り出す。
「……久しぶり」
　ダンボールを開いた先、こちらを見上げる小さな双眸に声を掛ける。
　やや驚いた顔色を浮かべていたその主――寿井知は、相手が逆巻だと認識すると、ペコリと頭を下げた。
「お久しぶりでス……あ、これは……ありがとうございまス！」
　逆巻の差し出したチーズを抱えて受け取り、再び頭を下げる。
　喜ぶ寿井知に、逆巻はそれをぼんやりと眺めていたが、やがて小さく問いかけた。
「ところで君、もれいび？」
「……？」
　その言葉に、寿井知は不思議なものでも見たような顔をして、首を傾げる。

「あ、寿井知さん」
　荒井景貴が逆巻の覗きこんでいたダンボールを横から見て、笑顔を浮かべた。
　――荒井も、いつもとは服装が違い、革のジャケットとズボンに身を包んでいる。
　寿井知は再び、頭を下げた。
「えっと、今日は寿井知さんも、一緒に……？」
　荒井が高津戸に問いかけると、寿井知が代わりに声を上げた。
「いエ、私が行っても、お役にたてないでしょうシ……ここで皆さんを待っていようかト」
「なるほど……では、これを」
　荒井は手にしていたバッグから小さなチーズタルトを取り出し、ダンボールの中に置いた。
　寿井知は目を閉じ、鼻をヒクヒクと動かすと、とても幸せそうな笑顔を見せる。
「ありがとうございまス……いやぁ、今日は良い日ですネ……暫くは、ずっと楽しい日が続きそうでス」
「随分と呑気な……いや、まぁいいんだが」
　寿井知の声を聞いて、高津戸がやや呆れて笑う。

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