――旧市街の、とある喫茶店。
昼下がりにも関わらず客が居ない店内では、BGMに流しているジャズを掻き消すようにテレビのニュースが流れていた。
「……続きましては、本日未明に起きた傷害事件をお知らせします。被害者は36歳の会社員男性で、星が丘の路地裏を歩いていた所、何者かに襲われました。男性は、その場で叫び声を上げ、騒ぎを聞きつけた近隣の住民が通報。その後に駆けつけた警察官によって保護されましたが、切り傷などの軽症を負ったとのことです。幸いにも命に別状はなく、病院へ搬送された模様です」
カウンターで煙草を燻らせていた男――この喫茶店のマスターは、短くなった煙草を灰皿に押し付け、天井に向かって細く煙を吐き出した。
「……随分と物騒な話だなぁ、おい」
グラスを持ち、客席に誰も座っていない店内ヘ向けて呟く。
――と、カウンターの上に置かれていた小さなダンボールが突然、ガサゴソと音を立てて開き、そこから文字通り小さな顔がひょっこりと出てきた。
「暇そうですネ、
高津戸(たかつど)サン」
「うぉっ……って、
寿井知(ずいち)か。いや、暇じゃねぇよ。グラス磨いたり皿ァ洗ったり、色々あんだよ。てか居たなら声ぐらいかけろよ」
「……使ってないモノは洗わなくてもいいんじゃないですかネ……」
「うるせェ」
少し前に紆余曲折を経て、この小人――『ねず』の寿井知は、高津戸が営む喫茶店に時折、遊びに来るようになっていた。今日も朝から専用の入り口から潜り込み、カウンターの隅にひっそりと置かれたダンボール箱の中で眠っていたのだ――そんな寿井知が、手の平で隠せば見えなくなりそうな身体を精一杯に伸ばして、テレビを見上げる。
「なお、男性は『背後に気配を感じて振り向いたら、そこに剣が浮いていて、それに襲われた』など証言しており、警察は昨今被害が広がる切り裂き魔による犯行ではないかと考え、捜査にあたっているとのことです」
「……ケン? とは浮く、のですカ?」
不思議そうな顔をする寿井知に、高津戸は困った表情を浮かべながら腕を組む。
「普通は、浮かねぇだろうなぁ……暗くて、よく相手が見えなかった……ってぇのも、こう何件も目撃があっちゃあ、何ともなぁ」
「……ケン、とはどのようナ?」
「どのような……って、お前、そりゃあ……うーん。こういう時にパパッと絵でも描けりゃあ早いんだが」高津戸が眉間に皺を寄せながら、顎を撫でる。「お、アレだアレ。ほれ、テレビに今、写ってる」
丁度、目撃証言から書き起こされたイラストがテレビに映しだされた所を指差すと、寿井知がテレビを見ようと背伸びをする。高津戸が小さな身体を手で掴み、持ち上げた。
テレビに映し出されていたのは、一本の剣。
見る者が見れば、それは青龍刀のようにも、タルワールのようにも見える、微妙に湾曲した剣だった。
柄の部分に、黒くて派手な羽飾りが付いている。
「おぉ、アレがケン。剣と書くのですネ。今朝、見ましたヨ」
「おー、そうか。そういつは珍しいモン見た…………な?」
掴んだ寿井知の身体をクルリと回転させて、まじまじと見つめる。
手の中の『ねず』は、小さな瞳をパシパシと瞬かせて、小首を傾げた。
「……あれを、見たのか?」
「えぇ、見ましたヨ。ふたぁつプカプカしてましたネ。それと、女の人と、男の人の笑い声……何だか、とても楽しげでしタ。キリサキマ? というのは、そんなに楽しいのでしょうかネ」
高津戸は眉間を指で揉みほぐして、溜息を吐いた。
◇
カウンターの上に座りながら、小さく切り分けられたチーズをかじる寿井知を見ながら、高津戸が新しい煙草に火を点ける。
「……って事ァ、あれか。お前が見聞きしたのは、宙に浮いた二本の剣と笑い声だけ、か?」
「ヘィ。その通りでス。あ、あと……靴の音。剣と一緒に、靴の音がしました」
「靴? 剣を持ってた奴の、か……?」
「いやいや、私が見たのハ、剣だけですヨ。他には誰も居ませんでしタ」
「でも、靴の音はした、と?」
寿井知はチーズを食べるのをやめ、一所懸命に小さな首を縦に動かす。
「いや、なんつーか、そいつぁ摩訶不思議……不思議?」
灰が零れ落ちそうになる煙草を灰皿に当て、高津戸が片眉を上げた。
『――今回みたいに不思議な出来事で困ったらいつでも声をかけて下さい』
目の前の『不思議』な『ねず』が、この店に来たキッカケの小さな騒動。
それを解決してくれた学生から、去り際に掛けられた言葉を、高津戸は思い出していた。
「って言っても、なァ。怪我されちゃ困るし……いや、でも目撃証言です。って警察に連れて行く……」チラ、と寿井知に視線を送る。「……わけにもいかんよなぁ。俺が行くわけにもいかんし……ん?」
逡巡。指に挟んだ煙草が短くなり、指を焦がすのに気付かなくなるまで高津戸は唸り――よし、と小さな声を漏らした。
『不思議、有ります』
昨今、巷を騒がせている剣について。
協力者求む。夜十二時、当店にて。
※ただし、恐らく危険な為、腕に覚えのある者に限る
「……なんでス? これ」
書かれたポスターに目をやり、寿井知は目を細めた。
「何……って、捕まえてやるのさ、あの剣を」
「はぁ。捕まえる、ですカ。その……何と言いますか、危ないのでワ?」
高津戸は、その言葉に顎を撫でる。
「何とかなるんじゃねぇか? こう見えて、わりと力はあるんだぜ。それに、ホレ。キッチンに中華鍋もあるし、いざとなったら、こうカキーンとな」
「……」
難しい顔をする寿井知に、やる気に満ちた目を光らせる高津戸が、続けて口を開いた。
「それにな。これで一躍、時の人になってみろ。街は平和になるし、取材も来るし、客も来るし、皆ハッピーじゃねェか」そう言って、ニヤリ、と笑みを浮かべる。
「…………やっぱり、暇なんですネ」
小さく――小さく呟いた声が、ジャズに飲まれて消えていった。
お久しぶり、でしょうか。それとも、はじめまして、でしょうか。
歌留多と申します。
さてさて、早速ではありますが、いつも通り要点を纏めさせて頂きます。
と言いながら、毎回あんまり纏まってないんじゃないかな、って思ったりもしてます。
●宙に浮いている(?)剣について
『宙に浮いているようにみえるだけ』
『実際、宙に浮いている』
『強力な磁場が何とかかんとか』
などなど、色々と考えられますが、ある程度はヒントが出ておりますね。
正体に関しては、あまり深読みしすぎず、少しだけ考えてみる……ぐらいがバランスいいと思います。
●目撃証言
被害者の証言は、どれも共通して「剣に襲われた」というものです。
※これに関しては事前にニュースや雑誌、ネットなどで噂が広まっているようです。
●アクション!
漢(おとこ)なら、拳で語れ! ……っていうのは、前にやりましたね。
あ、マスター(高津戸)と拳で語らうのは、やめてあげて下さい。
あの人、実はあまり強くないので。イジメ、ダメ、ゼッタイ。
どちらかと言えば、守ってあげて下さい。
シナリオとしては、バトル……かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。
皆様次第です。でも、たぶんバトルです。
●というわけで
マスターを、それなりに守ったり。
剣をへし折ろうと頑張ってみたり。
宙に浮く剣の謎を推理してみたり。
●ポイント
【おおよその戦闘範囲はマップ上で、C9を中心とした半径750メートルの範囲です】
【喫茶店に集合時、マスターから情報を聞いてから行動開始となります】
【また、集合時に寿井知はダンボールの中に隠れているので、普通は気が付きません】
【リアクション上の活動時刻は深夜です】
●その他
ガイドに登場しているキャラ以外は、リアクションに登場しません。
一応、お伝えさせて頂きます。