大雪の寝子島で｜リアクション

大雪の寝子島で

　掛け布団から僅かに肩が出ていた。自然に身体が震える。
「……寒いわね」
　不機嫌な声で三折部朝衣は目覚めた。横になったまま、締め切ったカーテンを睨み据える。掛け布団の中で手足を擦り、思い切って起き上がる。
　大股でカーテンに行き、一気に開けた。降り積もった雪を見てうんざりした顔になる。
「また雪国じゃない。これで三度目よ」
　軽く息を吐いた。

　朝食を済ませた朝衣は自室に立ち寄る。スーツの上からダウンジャケットを着た。用意したスキーブーツを手に提げて玄関に急ぐ。
　トイレから出てきた弟は姉の姿を一目見てにやりと笑った。
「雪の日なのにねぇ。雪だるまみたいに着込んで大変だねぇ」
「あんたも社会人になったらわかるよ。学生の時だけなんだからね。こんな雪で休めるのは」
「そうかもねー。二度寝するから。いってらー」
　間延びした声を朝衣は背中で聞いた。怒りで顔が赤らむ。乱暴な手付きでスキーブーツを履いた。
「落ち着くのよ、あたし」
　立ち上がって息を整える。顔の赤みが取れて表情が和らいだ。一歩を踏み出して動きを止めた。
「……もしかして」
　早い決断で役場に電話を掛ける。耳にスマートフォンを宛がっている間に笑顔が零れる。
「おはようございます。三折部です。今日は例年にない大雪に見舞われ……はい、わかりました」
　短い通話を終えた。暗い顔となって、知ってたけど、と小声で言って外に出た。

「どこを歩けと」
　雪に覆われて全てが白い。歩道と思えるところに足を突っ込む。極端に沈み込むことはなかった。
「あー、休みたい」
　言いながら足を動かす。数歩で姿勢が前傾となった。喉の辺りを触ると汗が滲んでいた。
「筋トレだよね、これ」
　皮肉な笑みで足を進める。真っ新な雪に足形の穴を穿つ。短い呼気を吐き、歯を噛み締めて歩いた。
「あー、やっと着いたよー」
　味気ない役場の建物を見て笑みが浮かぶ。朝衣はいそいそと中に入っていった。
　数分で外に逆戻りとなる。椅子に座る間もなく、雪掻きを命じられた。
「結局、こうなるのよね。雪掻きは二度目だし」
　むくれた顔で用意したサングラスを掛ける。幅広のスコップを手に役場の前に溜まった雪に差し込んだ。両腕にグッと力を込めて邪魔にならないところに放り投げる。
「あー、腕と腰に来るわー」
　不満を零しながら作業を進める。スコップで雪を掬っては横にどかす。本来の道の色を徐々に取り戻していった。
「あー、来たわー」
　スコップを支えにして自身の腰を摩る。仕上げにトントンと叩き、思い切り背を反らした。
　息を吐くとサングラスをカチューシャのように頭に載せた。目頭を揉んで青い空に恨みがましい目を向ける。
「夏空みたいな顔をして……もう少し温度を上げて欲しいわ」
　赤くなった指先を入念に擦り合わせる。少しは寒さが紛れたのか。サングラスを掛け直し、雪に刺したスコップを手に取った。
　スコップで溜まった雪を取り除く。役場に訪れる人々の為に歩道を確保した。
　状態を起こすと道を初々しいカップルが通り過ぎてゆく。
「寒いと温もりが欲しくなるわね」
　朝衣は雪の積もったところに移動した。白い塊にスコップを差し込むと、ふぅ～、と息を吐いた。頬が赤く染まっている。
「あの時のように帰りに会えたら……」
　スコップを動かす手が急に速くなる。頬は熟れたリンゴのようになった。
　朝衣は晴れ渡った空に向かって愚痴を零す。
「こういう時は冷たい風を吹かせないと」
　ダウンジャケットの首周りを緩めた。
　朝衣は無心でスコップを振るった。

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