大雪の寝子島で｜リアクション

大雪の寝子島で

　昨日は創作の神が降りて来なかった。頭の中は茫漠とした白に覆われた。
　旅鴉月詠は無表情に近い顔で、いかんな、と呟いた。アトリエの窓辺に椅子を置き、窓の外の光景を無言で眺めた。
　白くて長い髪が陽光を浴びて輝く。感情の籠らない赤い瞳は物憂げで深窓の令嬢に相応しい。その実、中身は空っぽで何も考えていなかった。
「今日も白い」
　目覚めの第一声である。私服に着替えて昨日と同じように窓辺に向かう。
「雪かー」
　頭の中を具現化した景色が広がっていた。
「んー……雪は白……見渡す限りの白……」
　自身の髪を摘まんで目の前に持ってくる。
「これも白」
　視線を移す。イーゼルに置かれたキャンバスを目にした。
「あれも白」
　ベッドの近くにあったサイドテーブルに目がいく。放置されたタロットカードに身体が引き寄せられた。
「今日を試してみるか」
　タロットカードの表を伏せて両手で適当に混ぜ合わせる。直感で一枚を引っ繰り返すと正位置で魔術師が出た。
「変化だ。雪か」
　月詠はクローゼットから白いコートを取り出して羽織った。万全の防寒で窓を全開にした。雪で埋もれたルーフバルコニーも白かった。
　続いてイーゼルを運ぶ。真っ新なキャンバスを一瞥すると絵に必要な道具を手早く揃えた。
「白を活かそう」
　何も塗られていない部分に絵筆で白を塗る。何も変化は見られない。気に掛けず、塗り重ねていく。
　淡白な白に趣のある白が加わる。間もなく深みのある白が生まれ、様々な白が結び付く。
　中央には人物が描かれた。放浪の画家のような出で立ちの女の子であった。白に囲まれ、何を思っているのか。感情を物語る表情は窺い知ることができなかった。
　細かいところに絵筆を入れて絵は完成した。少し離れたところから全体を眺めて納得のシャッターを切った。取り込んだ画像は早々にSNSで公開した。
『ホワイトアウト』
　数秒で決めたタイトルが映える。
　画面から目を離した。歩きながらコートを脱いだ。ベッドの端に置いて自身はころりと寝転がる。
　仰向けの姿で腕を組んだ。白い頭の中に意識が流れ込む。
　――意味深なタイトルを付けてはみたが、どのような反応を得られるのだろう。中心に女の子を描いたが、絵の主題は白だ。
　白は清潔。明るくて光そのもの。混じり気がない。何でも描ける無限の可能性を秘めている。
　思考が途切れた。すっと目が細くなった。
「そうだろうか」
　仰向けの状態で白いシーツを手繰り寄せる。それを顔に被せた。
　――白しか見えない。白しか許されない世界で全てが排除された。
　いや、白に塗り潰されたと言うべきか。時に白は黒より冷たい。
　その思考は決して間違っていない。黒と白は同じ無彩色なのだから。
　顔に被せていたシーツを手で振り払う。全ての色が戻った。上体を起こし、目が今の時間を確認する。
「少し早いか」
　横目で完成した絵を見やる。中央の女の子がとても小さく見えた。温かい光に包まれ、希望を持って歩いているようだった。
「そうかな」
　疑念を口にすると絵の雰囲気は一変した。
　黒よりも冷たい白に小さな女の子は懸命に耐えている。押し潰されそうな状態を凌ぎ、遅々とした一歩を踏み締めて進む。
「それも悪くない」
　口の端で笑うと月詠はベッドを下りた。気負いのない足取りを経て画面と向き合う。
「君は白に何を視る」
　人前では滅多に見せない笑みで反響と向き合った。

このページにイラストを設定する