唐突な使命｜リアクション

唐突な使命

　がたんごとん、という揺れさえ眠気を掻き立てる。
　どうにか確保できた椅子に座りながら、日暮ねむるは大きくあくびをした。
「うー、ねむ。……ねむ」
　朝はとにかく苦手だ。ついでに言うと昼も苦手だ。
　そして、日中コーヒーばかり飲んでいるせいだろうか。夜は夜で眠れなくなるので苦手だった。
（これ完全にダメなスパイラルだよな……うう、でもコーヒーだけはやめられないし）
　ついでに言うと昼寝もやめられない。
　もう仕方ないかぁ、と半ば諦めながら、今日も眠い目をこすりながら彼は電車に揺られていた。
　目的地の駅まで、まだあと１０分以上ある。乗り過ごさない程度にちょっと居眠りしてしまおうかな、ともう一度あくびしようと口を開けた。
　が、口から漏れ出たのはあくびではなかった。
「ふあ……あ…………ぶわっくしょん！」
　あくびするつもりで大きく開いた口から、どうしたことか大きなくしゃみが飛び出してきた。
　完全に不意打ちだった。思いがけず大きな音を出してしまって、日暮はさっと集まってきた車内の冷たい視線に、にへらと笑って軽く頭を下げる。おいおい、いくらなんでも口元緩すぎだろ、とさすがに自分に呆れつつ。
　すると、ふと隣の方から小さい泣き声が漏れ出すのが聞こえてきた。
　げ、とそちらに顔を向けると、母親に抱かれた赤ちゃんが、そのほわわんとした顔を精一杯歪めてむずかっている。
（……あ、やばい）
　思わず日暮は母親の顔を見た。
　彼と目が合った母親は苦笑いをして小さく頷いてみせる。
「ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃったみたいね」
「い、いやいや謝るのは僕の方です！　驚かせちゃってごめんね～」
　ばあぁ、と日暮があやすようにおどけた顔を見せたのを皮切りに、赤ちゃんはついに大号泣してしまった。
　な、そのタイミングで泣くか？！　と内心でショック受けつつも、日暮はおろおろおとするばかりだ。
「わ、わああ、すみません！　どうしよう……」
「ほらほらそんなに泣かないで。ほら、しーっ、しーっしなきゃダメよ」
　母親も必死に腕の子を揺らしてなだめようとするものの、赤ちゃんは一向に泣きやむ気配を見せない。くしゃみの次は泣き声か、とただでさえ眠気に支配されている朝の電車の乗客たちは、再びこちらに視線を向ける。
　自分のせいで泣かせてしまった赤ちゃんが冷たい視線で見られるのは忍びない。
　そして何より、真横でこんなに泣かれてしまっては居眠りもできない。
（うう、どうしよう……）
　赤ちゃんなんてあやしたことがないから、どうすれば泣き止むだなんて分からない。
　困ったように、日暮はその赤ちゃんに語りかける
「ごめんねー、僕がびっくりさせちゃったよね？　でも、ほら、お願いだから泣き止んで」
　そう言って赤ちゃんの頭をそっと撫でた。
　すると、火が付いたように泣いていた赤ちゃんは、途端にその泣き声を小さくした。ひっく、ひっく、としゃくりあげるような声に変わっていったかと思えば、その大きな瞳がうとうとと眠たそうな色を見せ始める。
「あらぁ、泣き疲れちゃったのかしらね」
　腕の中で急におとなしくなる赤ちゃんに、母親は安堵したように笑ってみせた。
「でも、こんなにぴたりと泣き止んでくれるなんて、珍しいわ。あなた、頭を撫でるの得意なのかしら」
「ははは、いやぁそんなことは……」
　母親にそう微笑まれ、日暮は曖昧に笑みを返した。
　一番驚いているのは自分だ。まさかこんなにすぐに大人しくなってくれるとは。
「すみませんでしたね……ふああ」
　安心するとあくびが出る。これでようやく僕も眠れるな、と大きく伸びをすると、赤ちゃんの隣で彼もゆっくり瞳を閉じた。
　やがて彼の意識は、すぐにすとんと眠りの中へと落ちていく。
　目的地の駅が、もうすぐまで迫っていることも知らずに……。

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