唐突な使命｜リアクション

唐突な使命

　いつものように、たかしくん――愚駱馬羅須田果子が商店街でりんごとみかんを買ったときだった。
　はい、と手渡されたりんごはするりと彼の手のひらを逃げ出し、どうしたことか弾道ミサイルのように勢いよく飛んでいってしまったのだ。
「きゃっ、な、なんなの？！」
　最近ようやく仲良くなれた八百屋のおばさんが驚いたような悲鳴を上げる。たかしくんは慌ててそのりんごを追いかけようとしたが、とても追いつけるような速度ではない。
　八百屋を飛び出した彼が見たものは、自転車を漕ぐ主婦の後を猛然と追いかけていくりんごの後ろ姿だった。
　その初めて見るはずのシュールな光景に、なぜだかたかしくんは痛烈な既視感を覚える。
（僕はこの光景を知っている……そう、これは……）
　やがて自転車の速度に追いつけなくなったのか、追尾していたりんごは途中で力尽きたように落ちてしまった。りんごはそのままゆるやかな坂道をごろんごろんと転がっていき、やがてたかしくんのつま先にぶつかってその動きを止める。
　ごろん、と地面に転がるりんごを拾いあげ、たかしくんは小さく嘆息した。
「まいりましたね、これは恐らく僕の能力に違いない……」
　りんごを手にした瞬間、たかしくんはそう悟った。自らがりんごかみかんを購入したときに自転車が通りかかった場合、先ほどのようにその一つが自転車を追いかけてしまうのだろう。
　このままではこの八百屋は「ここで買ったりんごかみかんは自転車を追いかける」という噂話を流されるはずだ。せっかく仲良くなったここの八百屋のおじさんとおばさんに迷惑をかけるわけにはいかない。
　とはいえ、りんごとみかんのかわりにバナナを買うという選択肢は彼の中にはなかった。
（バナナも好きですけど、あれは嗜好品です）
　果たして自分はこれからどこでりんごを買えばいいのか――。
　勾玉の瞳で空を見上げながら、遠いあの日のことを思う。

＜３０年あるいは３年前＞
　ある日、たかしくんのお兄さんは自てん車で家を出発しました。
　たかしくんは、お兄さんが１０分前に家を出たお兄さんがりんごみかんのお弁当を忘れていることに気付きました。
　お兄さんの自てん車は時速１５キロ。たかしくんの歩く速さは時速５キロです。
　お弁当に気付いてからすぐ家を出たとして、たかしくんがお兄さんに追いつくのは何分後でしょうか。

＜答＞
　追いつけるはずがないので、特急列車に乗る。
　なお、特急列車の時速は１００キロである。

　りんごみかん弁当を届けるはずが、猛然と兄を追い抜いていく特急列車。
　追い越しざまに車窓から見た兄の悲しげな瞳を、たかしくんは今でも忘れることができなかった。
「きっとあのときの兄への気持ちが、この力に無意識に投影されてしまったのかもしれません……」
　そんな悲しくも思い出深いこの力に、たかしくんは心の中で名前をつけたのだった。
　アップルマンダリン・バイシクル、と――。