#彼女の曖昧な考察　～ブラック・ナイト～｜リアクション

#彼女の曖昧な考察　～ブラック・ナイト～

【進化】

　恵御納夏朝の混乱する頭もやがて晴れ行きつつあったものの、かといって全てを悟るには至りません。
　どうやら先輩の狂乱は覚めたものと思ってか、黒江ミヤもおそるおそるに歩み寄り、覗き込みましたけれど、
「……？　？？　なんだ、これ……」
　それが何であるのか。何のためのものなのか。まるで理解するには及びません。
「ふー、やっと着いたわね。あっ」
「みんな無事だったんだねぃ。良かったよぅ」
　発射台を巡る階段を上り、ようやくにしてたどりついた仙藤蒼と、呉井陽太。遅れてヒロと秘子を抱えたマサが姿を見せ、呆けたような夏朝とミヤの後ろから、ひしゃげて開いたペイロードハッチを覗きます。
「すげー開け方したなぁこりゃ。で……なんなんだ、これ？　ヘドロ？」
　マサの発した率直な感想も、あながち間違いではなかったかもしれません。
　明滅する光や回転する計器から、おそらくは高度に制御されているのだろう、透明なポッド。
　その中で蠢く……どす黒いタール状の物質。およそそのように見えました。
　しかしながら、漆黒はあたかも半液状のモニターかスクリーンのように、青く淡い光を幾何学模様に浮かび上がらせています。時おりさざ波立ち、見つめる彼らへ腕を伸ばすかのように形を変えてみせるのは、どこか内包する意思めいたものを感じずにいられません。
　陽太はスマホのカメラにその様子を収めながら、
「武道君も見えてる？　これを打ち上げて、なにをしようっていうんだろ？　『六本指』は……」
「生き物なの、これ……？　なんか、こっちを認識してるような」
　蒼がついとポッドの表面をなぞれば、指の動きをトレースするかのように光が浮かび、弾けます。
　秘子もこてんと首を傾げて、言いました。
「まずは、この子の名前を決めねばなりませんね！　んふふ」
「この子って……持ち帰って飼うつもりかい、秘子ちゃん」
　呆れたようにつぶやくヒロも、だからといってこれをどうしたものか、明確な答えを持っているわけではありません。
「……処分しよう」
　事ここにいたっては用を成さなくなったウィッグを脱ぎ去り、断言したのは夏朝。全員の顔が彼女へ集中します。
「燃やすか、バラバラにするか……これがなんだかは知らないけど、『連中』が打ち上げようとするものなら、きっとろくなものじゃない。処分しなきゃ……」
『……みんな！　見てるか！？』
　夏朝が手を伸ばしかけた、その時。陽太のスマホから、切羽詰まった声が響きました。

　管制室に残り、陽太や仲間たちをナビゲートしていた志波武道。
　今、彼の目線はスマートフォンの画面で共有される異物の映像ではなく、空へと一点に結ばれています。
「みんな……」
　あるはずのないもの。
　フツウの外にあるもの。
「みんな……陽太くん。なあ、俺は今……正気だよな？」
　月の光を遮る、異景。
　途方もなく巨大な、湾曲する背骨……のような。あえて表現するなら、そのようなものに見えました。けれど鈍色の輝きを放つそれが金属なのか、あるいはもっと別の、武道の想像もつかない材質で形作られているのか。武道には分かりません。少なくともあちこちに灯る光は、決して目にしたことの無い色に思えました。
　天を縦横に巡る、巨大構造物。
　地球を丸ごと捕らえ置くための、星の籠。
「……はは。参ったな……」