心残りを食い尽くせ！｜リアクション

心残りを食い尽くせ！

●はい、じゃまた、しこたま食おう

　旧市街にある料亭旅館『薫風常葉』の若女将である、常葉治の料理の腕はどこに出しても恥ずかしくないクラスだ。
　先日、寝子島で行われたサンマさん（の着ぐるみ達）からの大逃走劇では、庚の力で随分助けられ、良い結果を残す事が出来た。
　庚にすれば、ついでであったのだろうが、義理堅い治は恩返しをしたいと考え、本日集まった。
　治のさらさらのセミロングヘアーは、若葉を思わせる緑色。
　白いブラウスに、きれい目のシャーベットカラーのプリーツスカート姿も、春を連想させる。
　そんな治が飽きずに食べてもらえるよう、味噌、すまし、餡の三種の雑煮を用意。
　けれど、水気でお腹一杯になってしまって、肝心の餅が消費出来なかったら本末転倒だ。
　椀によそう時も、汁気は出来るだけ少なめに。
　色付けには、大葉を持参している。
　これもまた、香りがたって心憎い気配りだ。
「わ、美味しそう～！　これ皆、治ちゃんが作ったの？」
　クラスでも仲の良い、佳奈が早速やって来て、羨望の眼差しを治に向ける。
「ええ、良かったら佳奈さんもどうぞ召し上がってくださいな」
「やった～、嬉しいな♪　治ちゃんも食べるよね？」
　すでに相当量を没と胃袋に収めたはずの彼女であるが、こんなに美味しそうな雑煮を前にしては別腹だ。
「そうですね。調理はひと段落しましたし」
　佳奈の隣に腰を下ろしながら、治も椀を手にする。
「皆さん、楽しそうですね」

　向こうの席では、もなかと雅人が謎の会話に興じながら、汁粉をすすっている。
「もなかは、こりん星じゃなくて、かりん星出身なのよっ」
「え、突然何の話？」
「私、苗字が小倉だから、よく聞かれるの。だから聞かれる前に、答えておこうと思って」
　キリッ！
「ああ～、グラドルの話？」
「そうっ！　私の出身のかりん星は、茂原じゃないのよ？」
「そうなんだ……どこにあるの？」　
　空気を読んで律儀に話にのってあげる雅人、ええ子や……。
「かりん星はね、えっとあの丘を越えると水平線が見えるけど、あの水平線を越えて見える水平線を左にいくと、北の空に見えるのよ」
　丘、見えないよ……。九夜山？　星ヶ丘？　水平線を越えて見える水平線って？　と、一瞬考えた雅人だが、すぐに首を振った。
　これは理屈じゃない。
「そっか、遠くからきたんだね……」
　雅人の目も、遠い目になっていた。
「そうだ。俺、トシゾーさんやトシコさんにも、汁粉を用意するんだった」
「うん？　トシゾーさんって、お餅禁止されたんじゃないの？」
「お年寄り用に、小さく切って、食べる前にお茶で喉を潤せば引っ掛かりにくくなるんだよ」
「わぁー、そういう事なら、私も手伝うわ」
「ありがとう、皆で食べれば美味しいもんね。早速取り掛かろう」
「うん♪」

　御巫時子は買い物中にトシコから、餅の話を聞いてやって来た。
　彼女の周りには、メジロやスズメなど小鳥達が多く集まる。
　皆が食べれるよう、磯辺やモチピザ、デザートに善哉（関東では汁気のない粒餡をかけたものを差す）などを作りながら。
　窓辺の鳥たちにも、餅のお裾分け。
（……オイシイ♪……）
（……シアワセ……）
（……トキコ、スキ……♪）
　ろっこんの力で、鳥の言葉が聞こえてくる。
　夢中で餅をついばむ鳥達に、時子も自然と笑顔がこぼれる。
「たくさんあるから、喧嘩しないで食べてくださいね……」
　後から混じった、一回り大きなヒヨドリにも、優しく声を掛ける。
　鳥達には、トシゾーの見張りをしてもらおうと思っていた時子だったが、鳥達はご馳走を前に、それどころじゃないらしい。
　トシゾーも今は静かだし、時子もしばし調理に専念する事にした。
　磯部は醤油を香ばしく、しっかり中まで火を通して海苔を巻き。
　モチピザは餅を水につけて、フライパンで焼き、トマトソースを塗って好きな具を乗せ、蓋をして焼く。
　目新しく変り種のこの一品は、まだ若いメンバーには大いに受け、味見を希望する者全員に振舞われた。
　見た目も味も、食感もパーフェクトなモチピザは、しばらくおやつの定番になりそうだ。