心残りを食い尽くせ！｜リアクション

心残りを食い尽くせ！

「話を持ってきてくれた如月に感謝だ、タダ飯……もとい、餅は大好きだ」
　刀は剣の道に生きる、ストイックな少年だ。
　が、食に関しては、それとこれとは話は別だった。
　身体は資本。空腹を耐える事は、刀の中では強さと結びつかない。
　そも、食べる事を否定する事は、生きる事を拒む事と同義。
　刀は周囲の者にも、お裾分けを振舞いながら、自身もひたすらに食べる。
　焼いた餅を、まず砂糖醤油に付けて食べる。
　次にきな粉、安倍川、ずんだ餅をこさえ、ぺろりと平らげる。
　力強く頷く。満足な出来だ。
　そうしておもむろに、大根おろしで絡み餅、醤油を付けて焼き海苔を巻いた、磯部焼きを順に食べる。
　背筋もまっすぐに、ひたむきに食に向き合う姿には、一種の美学すら感じる。
「刀くんも、いらしてたんですね。こんにちは」
　治は刀を見かけると、深々と頭を下げた。
「こんにちは、常葉も来てたのか。しっかり食べてるか？」
「ええ、お陰様で。えぇと……、刀くん。これ、私が作ったんですけど。良かったら、こちらもどうぞ？」
　勧められ、刀は遠慮なくきっちりと腹に収める。
「ご馳走様、常葉はなかなかやるな。どれもうまかったよ」
　爽やかに治の厚意に応じた刀だったが、さすがに、そろそろ腹がきつい……。

　あ、御剣君も来てたんだ。一緒に食べよ。
『こんにちは』
　談笑する刀を見つけ、筆談用のスケッチブックと善哉を手に現れたのは、小山内海だ。
　サイドテールにはいつもの瑠璃色のリボン、首元を飾る同色のチョーカー。
　それに今日は、ピンクの可愛らしいフリルシャツ。
　四葉のクローバーの刺繍が入った、白いパーカーを羽織った甘目コーディネイトを、デニムのショートパンツでピリッと引き締めている。
「ん？　小山内かこんにちは、善哉も美味そうだな。これは小山内が作ったのか？」
　問われ、海の視線は泳ぐ。
『わたし　りょうり　にがてだから』
『これは　ほかのひとがつくったの』
　自信なさ気な小さな文字に、なるほどと頷く刀は、決して甘くない。
「……そうか、小山内は料理が苦手なのか。しかし、作ってくれるなら食べるぞ？　食べる相手が居る方が、作りがいがあるだろうし、料理の腕も上達し易いしな」
　刀は、停滞をよしとしない人間だ。
　常に目標を掲げて上へ上へと手を伸ばし、仲間にもそうであって欲しいと願っている。
『どうしてもたべたいなら　つくるけど』
　スケッチブックに書かれた海の決心を、刀は力強く肯定する。

『どうなっても　しらないの』

　やがて、完成した海の力作が、刀に提供された。
　具材の切り方が、随分大雑把だ。
　でろでろになるまで煮込まれた餅は、あちこちにこびりついている。
　あと、ニオイが何か変？
「……頂こう」
　複雑な心境ではあるが、男に二言はない。頷き、男らしく受け取る刀。
　口に入れ。ごふっと、むせ返りそうになる。
（……なんでソースの味がするんだよ）
　醤油と間違えたのか？
　ダシ、取ってないな。野菜も煮込みすぎて、食感も何もあったものじゃない。
　しかし、海の指にいくつも巻かれた絆創膏を横目に。
　刀は相変わらず背筋を伸ばしたまま、これ以上を拒絶しようとする胃袋に、スープの最後の一滴までを流し込んだ。
『どうだった？』
「不味かった、次に期待してる」
　言いにくい事を、さらっと口にする。
　海は、しょんぼり肩を落として、その場を離れるが。

　次……？

　もっと練習すれば、次は美味しいって言ってくれるかな？
　不味いという言葉と、期待してるという刀の言葉は、しばらく海の頭をぐるぐる回っていた。

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