【秘密のメルヒェン紀行】

　しゅっぽっぽー！　ふしぎ超特急『七ッ星』が到着したのは、童話の世界。
「どうしておばあさんのお口はそんなに大きいの？」
「それは……」
　赤いフードをかぶった七夜 あおいの艶めく唇に、八神 修はどぎまぎ。頭の上に生えた狼の耳をぴくぴくと揺らします。
　赤ずきんになぞらえたワンシーンへ唐突に放り込まれた修は、あおいの役者ぶりに目を白黒させました。なにやら不思議な力で役どころに没頭しているらしいあおいは、目の前の修しか見えないとばかりにぐいぐいと身を寄せてきます。
「ねえ、どうして？」
（それは……君に、愛を伝えるため……）
　紡がれない言葉に、あおいがこくりと小首を傾げた、その瞬間。
　どっかん！　ばたん！
「狼は赤ずきんを食べなければいけないのだ！　女王の筋書きを壊したな！　女王に逆らう者は全員死刑だぞ！」
「なんだ、お前たちは……！？」
　こうして修はトランプ兵に追われ、正気を取り戻したあおいの手を引き、童話の世界を巡る壮大な逃走劇へと出発することとなりました。
　語られなかった一幕を、修は夢のさなかに想起します……。



「こっち、こっち！　こっちだよ！」
　ぴょんぴょん跳ねる白うさぎの背中を追って、修とあおいは走ります。
「あおい、大丈夫か！？」
「うん……！　修くんは！？」
「伊達に体力づくりはしてないさ……！」
　修はぐんぐんと加速して、あおいを引っ張ります。日頃の鍛錬の結果がここに現れているようで、頼もしげに見つめるあおいの瞳に、修はひそかに誇らしい気分になりました。
　とはいえトランプ兵たちの数は、あんまりにもたくさんです。すぐにぐるりと取り囲まれてしまいました。
　槍持ちじり、じりりと迫る兵隊たち。
「こっちこっち！　こっちだよ！」
　見ればぽっかり開いた樹のうろから顔を覗かせた白うさぎがちょいちょい、と手招き。
　迷わずふたり、うろの中へと飛び込みますと、入り口が狭くてトランプ兵たちは追ってこれません。
　けれど、
「きゃああ～～～！？」
「あ、あおい、手を……！」
　深い深い穴の底めがけ、ふたりは真っ逆さま！
　いつまでもいつまでも、永劫に続くかと思われた落下の後。修はころんと草っぱらへ転がり出て、切り株にごちんと頭をぶつけました。
「痛つつ……あれ？　あおいは……！？」
　気が付くと、森の中。いっしょに落下したはずのあおいの姿がありません。
　慌ててぐるりと見回しますと、足元に奇妙なものを見つけました。
「……？　あまりにも長い、この栗色の髪は……？」
　それはどうやら、髪の毛でした。長大に伸びた髪の毛が一房、どこからかぞろりと伸びてきているのです。
　修の頭脳は瞬く間に答えを導き出し、すくい上げた髪の毛を大切に手の中へ巻き取りながら進みますと……やがて見えてきたのは、大きな塔です。
「あっ、修くん～！　た、助けて！　私の髪の毛が、こんなに伸びちゃったの……！」
「あおい！　やはりこれは、ラプンツェルを再現してるのか」
　はたと気づけば修は王子さまのような装いで、塔の上のラプンツェルことあおいも美しく着飾っています。
　修はあおいの長い髪を伝って塔へと登ると、あおいの長すぎる髪をはさみで切り、ふたりはひと安心。
　かと思えば、
「見つけたぞ、反逆者め！　女王の裁きを受けるがいい！」
「わ、また来たよ修くん！」
「しつこい連中だな……！」
　塔はあっという間にぐるり包囲され、逃げ場はもはやありません。
「こっちこっち！　こっちだよ！」
　再び聞こえた軽やかな声。見れば壁にかけられた大きな鏡の中から、白うさぎがちょいちょいちょい。
　さすがは童話の世界。ふたりはうなずきあって、鏡の中へとぴょいん！　迷わず飛び込みました。
　その後も、ふたりの逃避行は続きます。
「さあ早く、王子！　白雪姫にキスを！」
「早く！　早く！」
「い、いやしかし。こういうのは、相手が起きている時にすべきでは……」
　場面が変わるたび、ふたりは新しい衣装と役どころを与えられ、筋書きを遂行することを求められました。
　けれど、決して童話の登場人物ではない修やあおいにとって、これがなかなか難しいところがありまして。
「なぜキスしない！　王子は白雪姫にキスをして目覚めさせるのだぞ、女王に逆らう反逆者め！」
　まごついているとすぐさま、トランプ兵がやってきて槍を突きつけます。
　そのたび、どこかに白うさぎが現れて、
「こっち、こっち！　こっちだよ！」
　次から次へ、あっちへこっちへ、ふたりは童話の世界を巡ります。
「ああ、ガラスの靴がぴったりだ！　あなたこそ私の姫だ！」
「……って、俺がシンデレラなのか！？」
「いいから合わせて修くん、じゃないとまた……やっぱり来た、兵隊さんたち！」
　男女逆転シンデレラの後は、眠れる森の美女。親指姫に人魚姫、ヘンゼルとグレーテル……。
「こっちこっち、こっちだよ！」
　白うさぎの導きで訪れた物語は、優に十を越えました。



　……そうして、数え切れない童話を駆け抜けた後に。
「はい、到着！」
　白うさぎの言葉が告げた終着点は、大乱闘のさなか。仲間たちがトランプ兵相手に大立ち回り！
　狼と赤ずきんの姿で現れた修とあおいに、みんなは少々驚いた様子でしたけれど、
「みんな、大丈夫か！？」
「私も加勢する！」
　仲間たちのため、ふたりもすぐに飛び込んでいきました。
　やがて彼らは女王の元へとたどりつき、謁見を果たします。
「べ、別に寂しかった訳じゃ……」
　頬を赤らめた女王の王座の後ろから、ぴょこぴょこ、ぴょこん。白うさぎたちが顔を覗かせて、いししと笑います。楽しかった？　わくわくした？　そんなふうに問いかけるように。
　童話の世界での大冒険の終わりに、修とあおいは顔を思わず見合わせ、くすりと微笑んだのでした。