【１００億分の１の瞳】

「ふう。さすがに疲れましたね……」
　心地良い疲労感に包まれ、高瀬 誠也はぼふ、とやわらかなベッドへ倒れ込みます。
　誠也が勤めているのはブラックさとは無縁の実に優良企業ではありました。けれど先日主任へ昇進したばかりでもあり、またプログラマーとしてのお仕事にも邁進しておりますと、さすがに疲れも溜まります。上司には信頼され、部下にも慕われる有能社員となれば引く手数多で、どうしても気を張っている時間も長くなりがちなのでした。
　そんなやりがいがありつつも緊張が絶えないお仕事がひと段落して、ようやく訪れた心穏やかなひと時。
　さて今日はどうしようか、音楽を聴いて楽しもうか、はたまた未読のライトノベルシリーズに手を出してしまおうか。あるいは、アイドルのライブ映像でも見て癒されようか。
「……すう。すう……」
　そんなことを考えながら、誠也は夢の中へと誘われていきました。



　きらっきらで、ぴっかぴか！
「私たちのライブを見に来てくれて、ありがと～～～！！　ＲＫＭ４８で～～～す！！」
　目を射るようなまばゆさに、誠也は思わず目を細めます。
「今日はねー、高瀬 誠也さんのための特別ライブなんだよ！　思いっきり楽しんでいってね☆」
「俺のための……？」
　そう。そうなのでした。
　今日は誠也ただひとりのために催された、スペシャルライブ！
　懸賞で当選したのだったか、ＣＤ１００万枚に１枚封入されているチケットを引き当てたのだったか……なんだか理由は思い出せませんけれど、ともかく今日は、誠也のためだけに４８人のアイドルが歌に踊りにパフォーマンスを披露してくれるスペシャルデーなのでした。
（そうでした。ぼーっとしてる場合じゃないですね、楽しまないと！）
　だだっぴろい会場に、観客は誠也ただひとり。
　けれど寂しくはありません。だって目の前には、誠也の人生をも癒してくれるアイドルたちが、ずらり勢ぞろいしているのですから！
「それじゃ最初の曲、いってみよー！　『にゃんにゃんハリケーン☆』！」

「いっくよ～、ばっひゅーーーん♪」
　センターの野々 ののこちゃんは、いつだって元気印！　軽やかにジャンプして、くるくるくるりと回ります。
　誠也へ向かって、慣れないウィンクをひとつ。ぱっちん☆

「くるっとターンして、キメ！」

「あはは、今日も絶好調だね～」

　ののこちゃんの脇で踊る七夜 あおいちゃんと三宅 ゆりちゃんは、一糸乱れぬ振り付けでセンターをサポート。
　さらにその両隣では、串田 美弥子ちゃんと相原 まゆちゃんがマイク片手に、元気な声を響かせます。

「私だってアイドルだもん！　がんばっちゃうよ……はっくしゅん！」

「さあ、まだまだ盛り上がっていくわよー！」

　久保田 美和ちゃんのはつらつとして一片の曇りもない笑顔はまさしく、アイドルの鑑！

「きゃっほー♪　楽しんでる～？」
　誠也が手拍子を刻みながらこくりとうなずくと、胡乱路 秘子ちゃんと島岡 雪乃ちゃんが不意にステージを降りて、誠也のところへやってきました。
　誠也の両手を引いて、いっしょにステージへ！

「緊張してますか？　んふふ、楽になさってくださいね♪」

「楽しまなくっちゃ、ソンですよ？」

　軽快に歩を進めるたび、雪乃ちゃんのきらびやかなコスチュームの胸元がぽよぽよ弾んで、どぎまぎ。

「さあ。あなたもいっしょに、踊りましょう。歌いましょう」
「は、はい……！」
　いつもはクールな誠也も、アイドルたちにぐるりと囲まれては緊張してしまいます。剣崎 エレナちゃんに手を引かれ、中央へ。
　誠也へ一心に注がれる、きらきらと輝く宝石のような瞳たち。
　誠也のために紡がれるリリック。
　誠也のために刻むステップ。
　全てがまぶしくて。あたたかくて。浮かぶような心地良さに満ち満ちていて。
「……皆さん、素敵です。いつもありがとう……俺に、俺の人生に活力を与えてくれて、本当にありがとうございます」
　とたんにみんな、ぴっかぴか。ひまわりみたいに華やかな笑顔！
　高らかに、歌声は渦を成して舞い上がります。会場を飛び出し、電波に乗って、やがてお茶の間の誰かを、世界中のファンたちを癒してゆくでしょう。
　けれど今、この瞬間は、誠也だけのもの。
「ありがとう。俺、ずっと応援し続けますから……！」
　きらっきらで、ぴっかぴかで、美しい光に包まれて。



「ずっと……ずっと」
　誠也はベッドで目を覚ましました。
　時計に目をやると、お昼も間近です。
　寝坊した！？　と勢いよく身体を起こしましたけれど、はたと気づきました。
「ああ。お正月、でした」
　仕事に疲れて帰ってきて、寝落ちしたらアイドルのライブの夢を見て。
「素敵な夢……でしたね」
　余韻に浸りながら身支度をしたら、おせちを食べて、さて初詣にでも出かけようか……と、玄関の扉を開けますと。
「「「「あけましておめでとうございます、プロデューサーさん！」」」」
　元気に響く声が、誠也の胸を震わせます。
　そこには、ののこちゃんが、あおいちゃんが、ゆりちゃんが、美弥子ちゃんがまゆちゃんが、秘子ちゃんに雪乃ちゃんが、エレナちゃんが……ＲＫＭ４８の面々がずらずら、ずらり！　勢ぞろいで誠也を出迎えてくれました。
「皆さん、あけましておめでとうございます。こんなに朝早くから、どうしたんですか？」
「プロデューサーさんといっしょに、初詣いきたくて！　みんなで集まっちゃったんだよ～♪」
　ののこちゃんが誠也の手を取り、ぐいぐいと引っ張ります。
「ほら、はやくはやくー！」
「ははは、そんなに慌てなくても神社は逃げませんよ」
　４８の笑顔がこぼれて、そのいずれもが誠也を一心に見つめます。
　瞳に浮かぶのは、確かな信頼。
　夢の中での自分は、しがないサラリーマンでプログラマーでしたけれど……本当の誠也は、彼女たちの敏腕プロデューサー！


　今年もきっと、彼女たちは大躍進を遂げることでしょう。だって誠也が、アイドルたちを見守っているのですから。
「さあ、今年もがんばりましょう、皆さん」
「「「「はいっ！」」」」









　一富士、二鷹、三茄子。
　あなたの初夢、いかがでしたか？
　今年も良い年になりますように♪