【大晦日】自由に過ごしたり猫になったり鳥になったり鼠退治（略｜リアクション

【大晦日】自由に過ごしたり猫になったり鳥になったり鼠退治（略

　１６

　いつも眠りにつく時間に、弥逢遊琳は布団を被った。
「……………………」
　順調に意識は遠ざかっていき、そのまま眠れるように感じていたが――
「…………」
　不意に目が冴えて、瞼を開ける。
（嗚呼今日は“その日”なのかな）
　寝間着代わりの白襦袢の上から冬用の羽織を纏っただけの簡素な姿で彼はエノコロ岬へ向かった。

　エノコロ岬には沢山の人が居た。恋愛成就を願って集まっていた人達が多かったが、特に関心は無かった。ただ、少し困ったのが、目的地に向かう為には空を飛ぶ必要がある、ということだった。
（ここなら、人目につかないかな）
　闇の深い、人の居ない場所を見つけて立ち止まる。彼の手には、∽鍵の箒『睡蓮』があった。
　自分は【睡蓮】を愛おしみながらもその在り方の美しさに憧れてきたのだと思う。僕もこうなりたい、と思うほどに。
「【睡蓮】、お願いするよ」
　じっと見詰めていた箒に横乗りをして、空を飛ぶ。
　行先は、睡蓮――この子の兄弟とも呼べる子達が並ぶ店。
　――『sweep∽sleep』。

　星幽塔にある箒と魔法具の店、『sweep∽sleep』では、椅子に腰かけたノエル・バレが独りで時を過ごしていた。店員はチェス・ブルームも、もう一人も既に帰宅している。
　店の戸が開き、少年が入ってくる。

（嗚呼、矢張り）
　遊琳――の別モード、紫蘭（普段は遊琳の中で眠っている）は穏やかな笑みを浮かべてノエルに挨拶をした。
「今晩は、箒屋さん」
　微笑んだ先には、いつかの日に【睡蓮】を託してくれた人が居た。
　会いたかった人。
（僕はこの手の勘を外した事が無い）
　今日なら叶う予感がしたが、あっさりとそれは的中した。
「今晩は、狭間の君。良い夜ですね。こちらにどうぞ」
　紫蘭を狭間の君と呼んだノエルは、自分の隣の席を勧めてきた。夜色のビー玉らしきものが沢山入っている瓶を差し出してくる。
「冬の夜長に丁度良い飴ですよ」
「ありがとう」
　素直に飴を摘んで口に入れると、冷たいレモングラスのような、爽やかな薄荷のような味がした。
「僕は酷く疲れたんだ」
　巻物を紐解く様に言葉が出る。箒屋は紫蘭と周波数が合う――そう判じている。だから、僕がこれから話すことも解ってくれる。そう、知っている。
「僕の一部……鈴蘭は死にたくないという」
　遊琳の別モードには、紫蘭の他に、もう一人、鈴蘭が存在する。
「生物として正しいし僕も決して自殺願望は無い、が生きるも苦しい」
　理想の在り方は、何処か生物の生存条件を欠く様で。
「僕は只静かに眠りたい……貴方なら叶えて呉れる気がして」
　これは謂わばおねだりだ。箒屋は魔法（特性）の一つとして『そのモノが持っている強い思いをイシ（＝石）にする』ことができる。
「対価に成れるかは判らないけれど、目覚められなくなった時は僕も貴方の為のイシになるよ」
　自分をイシにしてくれ、と、紫蘭は『予約』をしに来たのだ。

　静かに話を聞いていたノエルは、紫蘭と同じような類の優しい笑みを浮かべた。
「狭間の君が、狭間の君であるならば。導き出された“それ”がどんな“答え”でも、貴方が出した大切な答えです」
　それは、実質的に肯定の返事のようなものだった。
「そうか」
　紫蘭はほっとしたように椅子に背を預けた。
「残る問題は多く破談の可能性も有る。でも頼んで置きたくてね」
「……そうですか」
　ノエルは、紫蘭の在り方に敬意を払う。
（幾夜の眠りこそが小さな死で在るならば、死は帰結ではなく覚めやらぬだけの生）
　願いにも我儘にも、了承の笑みを零すだけ。
　けれど、その生に在り方に結末に。
　まだ小さな波紋があるならば。
「たくさん悩んで下さいね。思考は生者に許された特権です」
　未来は未知に満ちている。
　ならばその魂に言祝ぎを、祝福を。
　時間はまだあるのだから。
「今日は帰るよ」
　紫蘭は立ち上がり、ノエルに背を見せる。
「誰かを指す固有名詞をお探しでしたら、“ノエル”とお呼び下さいね」
　声を掛けると、彼は軽く振り返った。
「覚えておくよ」