【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜｜リアクション

【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜

●動物園～運命

　同じ高校三年生でも、心穏やかにこの場所を訪れている者もいる。
　森篠琳子がそうだった。
　高校を卒業後は旧市街の町役場近くにある寝子島信用金庫に就職することが決まっているため、先のふたりのような受験への焦りはない。その代わり去就するのは、卒業まであとわずかであるという感慨だ。何事もなければ、学生生活も来年の春で終わるというのは、存外、もの寂しいものだ。
　ふっと遠く思いを馳せて、雪の中に寝そべるシロクマを眺めていると、連れの妹に不思議そうな顔をされた。
「お姉ちゃん、どうしたの」

「あ、ううん。なんでもないわ」

　９歳年下の妹の奏子はまだ小学３年生だ。
　学生じゃなくなるのが寂しい、なんて言っても理解できないだろう。
「あとは何を見に行きたい？」
　奏子のリクエストに応え、ホワイトタイガーやアルパカを見て回り、最後にたどり着いたのはうさぎの触れ合いコーナーだった。
　ふれあい、というのは妹のお気に召したようで、延々とうさぎをなでなでしていても飽きないらしい。
　嬉しそうに笑んではしゃぐ妹の姿を、琳子は時折手を振ったりしながら目を細めて見守っていた。
（楽しそう……私が最後に動物園に来たのは中学の時の美術の授業で、校外写生の時だったな……）
　そんなことを思い出していたときだ。
「あれ、君は……？」
　後ろから気安く自分にかけてくる声があった。
　その声に聞き覚えのある気がして振り返る。
　そこに立っていたのは、見覚えのある男性で、忘れられない人懐っこい笑顔は健在だった。
「この前の寝子祭で話をした……たしか、……」
　木天蓼大学に通っていて、来年就職すると言っていたのは覚えているが、名前が記憶にない。
（そっか、あの時は適当に話をしただけで名前も聞いていなかったんだ……）
「ところで、お名前は……？」
「ああ、名乗ってなかったんか？　俺は秋沢覚っていうんや」
「私は森篠琳子といいます」
「そっか、琳子ちゃんっちゅうんかー。覚えててくれて嬉しいわー」
　覚は本当に嬉しそうに後ろ頭を掻いた。その笑顔が好ましく思えて琳子も思わず微笑み返す。
「あなたこそよく私のことが分かりましたね」
「あんた可愛いから忘れられんかった」
「またそんな……」
　調子のいいことを。
　そう思うのに本気で怒る気にはなれない。
　それどころか心がほんわか温まるのを感じる。
（この人と話をしてると不思議と心が落ち着くな……）
　まだそんなに親しい訳じゃないのに、どうしたわけか居心地がいい。
　しばらく他愛ないことを話していたら、見知らぬお兄さんと話してるのに気づいた妹が駆け寄って来て悪戯っぽい顔で言った。
「お姉ちゃん、カレシいたんだ☆」
「か、彼氏！？　違うってば、こら！　ただ喋っていただけ。秋沢さんに失礼でしょう？」
　思わず怒鳴ってしまったら、彼は声を上げて笑ってくれた。
「ほんと、すみません……おしゃまな妹で……」
「ええって。俺としてはこれからそうなっても全然かまへんし」
「え、ええ……何を言って……？」
「赤うなっとるやん。脈ありちゃうの？」
「本当にあなたって調子のいい……」
「ヒューヒュー！　お姉ちゃんにも春が来たかなっ☆」
　奏子の頭を軽く小突く。
　それから暫く３人で話した後、彼とは別れたが、何故だかこれきりという気がしなかった。
　琳子の胸に灯ったほんのり消えない火はもう消えない。
　彼の名も、顔も、忘れられない。
　芽生えた感情の名は「恋」というのだが……琳子は未だ気づかなった。
　もっとも琳子自身が知らずとも、恋の火は燻り燃え続ける。

　もしも琳子に未来が見えたなら――知ったことだろう。
　彼とは来春、同じ職場で再会することになるのだと。
　これを運命と言わずしてなんと言おう。
　されど――すべては待ち遠しい未来の話だ。