【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜｜リアクション

【クリスマス】あなたに会いたい、雪降る聖夜

●マリンパラダイス～英国帰りの前に

　蝋燭を灯した暖かい食卓。ママの手作りケーキの香り。
　目を閉じれば思い出されるのは家族で過ごす英国式のクリスマス。
「シャロン？」
　幼馴染のレイ・ブライトンの声に、シャロン・ナイトプレッジは目を開けた。
　ここは日本。幼馴染たちと留学している寝子島の駅前の通りだ。
「夜のフライトまでまだ時間があるけれどどうする？」
「お土産話にもなるし、こっちでも楽しみたいの。いいでしょ？　レイ」
「日本らしいクリスマスっていったらやっぱり駅前とか商業施設がそれっぽいのかな？」
　シャロンとレイ、それからもう一人の親友はクリスマスを家族で過ごすべく、三人一緒に今宵の飛行機で英国へ帰省するつもりでいる。多忙な親友殿は用事を済ませてから空港に行くとのことで、シャロンとレイのみ別行動だ。大きな荷物は駅のロッカーに預けるとフライトまでの空き時間を利用して、寝子島のクリスマスを見たいというシャロンの希望で街歩き。英国よりは寝子島のほうが暖かで、飾りなども英国のクラシックさとは違いどこか近未来な風情が面白い。

「何処もきらきらしていて綺麗ね」

　隣を歩くレイはひとつ年上で、ふわふわした金髪とそばかすと眼鏡がトレードマーク。
　英国ベルグレイヴィアに実家を持つ子爵家傍系出身のシャロンは、子どもの頃は学校に通うのではなく家庭教師が家にくる生活を送っていた。偶の社交場でも近い歳の子が殆ど居らず、友だちというのを作りにくい環境であった。そんなシャロンとってレイは、空港で待ち合わせをしているもうひとりの友人とともに数少ない幼い頃からの友だちだ。
（中でもレイは昔から私によくお手紙をくれたわ。面白い本も沢山くれたし、自作の小説も読ませてくれた）
　そんな彼を尊敬しているし、今も昔も――恋愛感情とはちょっと違うかもしれないが――大好きだ。
　レイもシャロンを友人として慕っている。
　幼い頃恋した日本人の少年とその音楽を忘れられず来日してアイドルになった幼馴染の女の子の一途さは自分にも勇気をくれる。彼女が話してくれた寝子島の話を聞いて、身体の弱かった自分も留学にふん切れたのだから、この異国の地では彼女の友として、ときにナイトとして、彼女の傍でお願いを聞く役でありたいと思うのはあたりまえだ。
「どこか行ってみたいところはある？」
「そうね……流石に夜の風は冷たい季節だし建物の中に入りたいから……私、水族館に行ってみたいわ！」
「いいよ。ちょうどマリンパラダイスが近いね」

　水族館は混み合っていた。レイはシャロンとはぐれないよう寄り添って歩く。
　薄暗い部屋、丸い窓の水槽の中では、音楽に合わせて七色に変わる光を映してまあるいクラゲがふわりふわりと回転しながら泳いでいた。それはまるで、夜明けに開く花を真上から見ているかのように幻想的で、シャロンはすっかり見入ってしまう。
「熱帯のお魚さんもカラフルだけれど……クラゲってこんなに可愛いのね、ふわふわ……♪」
「日本はなんだか可愛いらしい展示が多いよね」
「BGMにも合ってると思うわ」
「ああ、次の小説は水の中の国とか舞台にしても良いかも……」
　レイがぼそりと呟いた。
「えっ次のお話！？」
　シャロンが耳をそばだてたので、レイは思わず口ごもった。
「え……いや、なんでも……独り言だよ」
「私はいつでもレイの大ファンよ。聞き逃さないわ。教えて、どんな話を思いついたの？」
「そうだな……人魚姫……なんてどうだろう。でも、本家の人魚姫はやっぱり悲しいお話だし、もう少しハッピーな物語を書きたいな。歌が上手な人魚の物語とか……」
「素敵。いつか書いたら読ませてね？」
　水槽の前で微笑むシャロン。
　クラゲの傘をふわりふわりと広げ閉じする規則正しさと、水槽の灯りを映して色を変えるシャロンの陶磁のような横顔が、レイになにかを囁きかけてくる。
　インスピレーションがかたちになるまで、もう少し……。