＜天穹＞埋蔵金と【影】との対話｜リアクション

＜天穹＞埋蔵金と【影】との対話

＞第五幕：八神修

「はぁ……」
　修は、巨大な日本家屋に目を見開いていた。だが、この中に入らなくてはならない気がして、自然と足が動いてしまう。中に入った彼を出迎えたのは、複雑な構造だった。そして、懐に違和感を覚えて探れば、銃が出てくる。不思議に思いながらも修は顔を上げる。
　最初に出迎えた想い人に似た天使たちに目を奪われたが、修はそこで止まるわけにはいかない、と足を踏み出した。
（……？）
　だが、階段を下りた時、胃の辺りに違和感を覚え、あたりを見渡し僅かに息を飲んだ。
（重力の向きが変わっているのか？）
　軽い眩暈を覚えつつ、彼は慎重に歩き続ける。その所々に妖怪が姿を現し、修を見ている。
（一体、これはどういうことなのだろう）
　修は不思議に思いながらも心のどこかでは、理由を掴み始めていた。
　次に見たのは、まだ実母と暮らしていた、幼いころの自分の姿。障子に映る実母との思い出が、酷く眩しく見えた。
　再び重力が変わり、我に返ると、僅かに薄暗くなる。障子に映るのは、少し成長した修の姿。それは、《八神家の実子に挿げ替えられた頃》の姿で、彼の脳裏に当時の事が蘇る。その背後に誰かいたような気がして振り返るも、誰もいない。
　下り続けるたびに空間は明るさを失っていき、いろんな年代の自分が姿を現す。様々な気配が己の周りにいるのを感じながら、修は悟る。
（そうか……。これは、過去の中で納得できていない俺の側面なんだ）

　修はとても複雑な事情を抱えている。母親は正妻ではなく、事情があり実母とは引き裂かれていた。実母の病変そして、死も知ったのは後からである。無力な己への憤りと母への思慕。それらが綯交ぜとなりこの世界を、影を生み出したのだと。

　実母の墓を探し出し、向かった日の事を過ぎ、実母の死を知った日の事を過ぎ、螺旋を描くように下るたびに、内心での言葉も徐々に減っていった。
　やがて、心身共に無言で下り続けていた修は、最下層へたどり着いた。暗い世界の中、滾々と力強く湧く湖だけが、明るい。
　そこで待ち構えていたのは、真顔の修自身だった。
　踏み出そうとした瞬間、破裂したような音が炸裂。仄かに掠めた匂いで、何が起こったのか察知する。修は、それでも静かに向き合った。
「両親の間には、愛があったし、理解はできる」
　再び銃声。今度は、修の頬を灼熱が掠める。たらり、生温かい物が頬を濡らすも、修は口を閉ざさない。
「だが、《完全な納得》は難しいな」
　かちゃり、と乾いた音。湖の光に反射する銃口。次は無い、とでもいうような冷たさ。修の眼が僅かに細くなる。
「いつか、この痛みが」
　銃声に、銃声。弾同士がぶつかり合い、木霊する。それでも冷静に手を動かす。
「ほかの≪何か≫で満たされることを願うよ」

　鈍い音を立てて、何かが倒れた。
　ただただ、修の心音と水底から湧く水の音だけが混じるように響く。

　静かに背を向け、ただただ徐々に明るくなる道を行く。我に返ると、古い絵の飾られた部屋に佇んでいた。
　ほほに触れると、痛みは残っているのに傷はない。血の匂いすらも。
「影との対話、か」
　修はそれだけ呟いて背を向けた。