＜天穹＞埋蔵金と【影】との対話｜リアクション

＜天穹＞埋蔵金と【影】との対話

＞第三幕：恵御納夏朝

　「ここは……」
　夏朝は、見覚えのある豪華客船の上にいた。否、嘗ての戦場とでも言った方がいいだろうか。その場所は、プールやベンチ等の位置も全て、そこに吹く風すらあの場所と全く同じだった。
「そうか」
　それだけで彼女は納得した。彼女の目の前に出現した影の正体に。金色の毛並みを持つ、二足歩行の獅子。この少女は、己が持つ憤怒・嫉妬・強欲・怠惰・傲慢・暴食の六罪により、あの時この姿へと変化したのだ。
　唸る金獅子は、今にも夏朝へと襲い掛かろうとしている。夏朝は、その姿から目をそらさず、はっきりと呼びかけた。
「……あの時の、『僕』だね」
　より一層吠える金獅子を、夏朝は怯えず見据える。そして、嘗ての傷をなぞるように、その罪を口にする。
「普通を脅かす敵への……対処できない己への『憤怒』」
　こつり、と一歩踏み出す。
「有益なろっこんをもつ皆への羨望……『嫉妬』」
　またこつり、と一歩進める。
「普通を守る為、敵を何もかも食らいつくす『暴食』に、普通を脅かす敵にならどんな惨い対処でも行える『傲慢』」
　罪を数えながらこつり、こつりと歩み寄る。もう、金獅子が飛び掛かれば救われないほどの距離だ。
「そして、悩みも負の感情も、自分の中に留め続ける『怠惰』」
　こつり、と踏み出したと同時にとびかかる金獅子。床に叩きつけられる夏朝だったが、ふしぎと痛みを感じなかった。
《汝の強欲とは？》
　不思議と、金獅子から己の声に混じって神官の声が聞こえる。
「僕の強欲。それは……」
　夏朝は、焼けるような胸の痛みを覚えながらも、その金獅子を抱きしめる。血の匂いが鼻を掠めても、少女は力を徐々に込めながら抱きしめた。
「うん。全て僕等の感情で、弱さだ」
　その時の六罪は他の存在に吸収されてしまっている。今の影、夏朝自身の六罪は彼女の中からまた生まれ、沸き続けるものだろう。それでも、と夏朝は金獅子に声を掛ける。
「それでも、僕等は生きるよ。普通を守る皆も大切だし、叶えたい事もあるんだ。だから……」
　肩を噛まれようとしても現状から目をそらさないまま、夏朝は言う。
「僕は、君と、罪と一緒に生きる。僕は愚かで、無力で劣る事も多いよ」
　血の匂いが濃くなっていく。でも、痛みは無い。夏朝はきつくきつく金獅子を抱きしめ続ける。もう、目をそらさない。
「それでも、君も併せ呑んで、君を捨てないで、君を抱いて、僕等は生きるんだ」
　夏朝の言葉に満足したのだろうか？　金獅子は一度ぺろり、と夏朝の頬を舐めると、音もなく消え去った。

　我に返ると、そこには棚がおいてあり、床にはいくつかのガラクタが転がっている部屋だった。不思議に思い棚を見ると古い巻物らしいものがいくつもある。ガラクタも何かの装置のように思えた。
「これは興味深いけど、後日かな。なんか、呼ばれている気がするし」
　夏朝は軽く顔を上げ、その場を後にした。