なんてことをなさる！｜リアクション

なんてことをなさる！

●あれもない、これもない！
　志波拓郎は芝生に寝そべって大きくあくびをしました。
　にぎやかな教室もいいけれど、こうやって一人の時間をすごすのも心地いいもの。
　青い空、白い雲、オレンジの校舎、赤いおしり。……おしり？
　チラッと視界にうつったものが気になり、彼は上体を起こします。
「猿が、暴れてるのか……」
　追ってくる生徒にひとしきり威嚇をして、猿は反対方向へと走り去りました。
　それにしても、猿が口にくわえていたものはなんでしょう。
　だれかの靴のようですが、白地に青のラインのシューズ、なんだか見覚えがあるような。
「あれ、まさか……自分のスパイク、か？　だとしたら、寝てる場合、じゃないな……」
　ピシャリと頬を叩いて眠気をさまし、志波もまた猿を追います。
　距離を詰め、猿に飛びかかるまであと数歩のところで、突如身体をおそう浮遊感。
（「しまった、ろっこんの発動条件……満たしてしまった、のか！」）
　頬を叩いたあと、走った距離に応じて跳躍するのが彼の能力。
　いまこのタイミングで発動したらどれだけ跳ぶか、彼自身にもわかりません。
　とっさにこけて解除しますが、あえなくスライディング。せめて一矢報いようと、猿のもちものをひとつ奪還します。
「おーい、大丈夫か？」
　心配して駆け寄ってきたのは龍目です。
　去っていくおしりをにらみながら、ふと手にもっているものを確認すれば、カバンから本がばさり。
「あ、本を取り返してくれたのか！　できればそのまま中身は見ずに」
　けれどいたずらな風が本をめくり、ちぎれたページがはらはらり。見えたものから察するに、猫鳴館にはマニアックな人がいるんでしょうか。
「……こういう趣味、か？」
「ち、ちがう！　断じてちがーう！」
　あらぬ誤解をうけた龍目。変なうわさが広がりませんように。

　焦ったときの空気はつたわるもので、学校全体がいつもよりあわただしく感じられます。
「どうしましょう。私、なんてことを……！」
　常葉治はうろたえていました。大切に保管していたはずの帳簿が見つからないのです。
　なくしたのが旅館の帳簿ともなれば事は重大。どうにかして見つけ出さなくては。
　ふと窓の外をみれば、猿をおっかける生徒たちの姿。
「まさか、私の帳簿も……？」
　ほんとうに猿が盗んだのかはわかりませんし、たとえそうだとしても常葉には猿をとりおさえる自信なんてありません。でも、とても大切なものをなくした今、待ってるだけでは気がおさまらないでしょう。
　一分後、教室に常葉の姿はもうありませんでした。自分の足で探そうと決意したのです。
　常葉が動きだしたのと時を同じくして、猿をおいかける人物がまた一人増えていました。
　剣道部所属の１年、御剣刀。
　どうやら彼、しあわせなお弁当タイムを邪魔されたようです。
　その証拠にほら、お猿さんの口にはお弁当の包みが。
「待て、俺の弁当返せ……！」
　やだよと言わんばかりに木にかけのぼった猿は、お弁当のちくわをつまんでぱくり。
「真剣に殺意わいてくるな、おい……」
　お次は校舎に逃げこんだ猿を追って、一行もそのまま廊下に突入します。

　その頃、美術室では不破ふわりがスケッチブック片手にデッサンの練習をしていました。
　お皿の上にはよく熟れたバナナが三本。今回のデッサン対象です。
　時間を忘れるほどに集中していると、昼休みの喧騒もどこか遠くに聞こえます。
「～♪」
　お外が騒がしいのもきっと気のせい、ですよね！

このページにイラストを設定する