＜ねこ温泉＞

　雨宮 草太郎の話を聞いた岡野 丸美はぐうぐうぐう。一緒に温泉に浸かった狗民 きとりもほんわかリラックス。
　ルーク・ポーラスターと裸の付き合いをしてしまったアリス・ミーティアは何だか楽しそう。
　そして、旅館の女将さんの極上サービスを受けた者達は。


（……何か、痛い……）
　頭がちくちくする。休憩室で深い眠りについていた志波 拓郎は重い瞼をゆっくり引き上げた。すると、目の前に灰色の物が広がっている。
「わっ？！」
　びっくりして飛び起きると、ばささっとおでこから鳩が下り、クルッルーと拓郎を見た。
「え、鳩？」
　拓郎は目をぱちくり。すると鳩は再びバササッと羽ばたくと、拓郎の髪を引っ張るではないか。
「いたたっ」
　拓郎が痛がるとすぐに鳩は離れ、休憩室から出る廊下に着地すると、またクルッルーと拓郎を見て鳴いた。
　不思議に思った拓郎が近付くと、鳩は廊下を進み、またクルッルーと鳴く。ここでようやく拓郎は気付いた。
「……ついてこいってこと……かな？」
　拓郎の言葉に鳩はクルッルー！　と大きく鳴く。そしてばさりと廊下を飛び始めた。
「うわっ、待って！」
　拓郎は慌てて追いかけた。

　追いかけた先は客室だった。その戸の前で鳩はトントンと戸を突いている。
「これを開ければ……いいの？」
　拓郎が訊くと鳩が大きく頷く。もう会話が成り立っているのは明白だ。拓郎は思い切って戸を開ける。すると中には女の子が気持ちよさそうに寝ていた。
　鳩は急いで女の子の傍に飛んでいくと、つんつんと容赦なく女の子の掌を突く。女の子はガバリと飛び起きた。
「あぁ～良かった、起きられたー！！」
　そして女の子……春山 小枝は拓郎をその大きな瞳で捉え、ぺこりとお辞儀をした。
「部屋を開けてくれてありがとう！　助かったよ～」
「え、え？」
　戸惑う拓郎。鳩はトトトッと部屋から出てしまった。

「ああ……なるほど。あの鳩は春山さんのろっこんだったんだね」
　ロビーの片隅で寝子高生２人は話し合っていた。小枝の説明を聞き、拓郎は深く頷く。
「あんな凄いサービスする女将さんなんて、怪しくないかなぁって思うんだけど……」
　小枝は目を擦り擦り言う。元々眠たがりなのだ。
「ここはやっぱり……天界の鏡で映すしかないか」
　天界の鏡なら、尻尾が映るのではないかというのが拓郎の考えだ。それに小枝も賛同し、先程ミラを呼び出して鏡を分けて貰ったのだ。
　鏡を机に置き、神妙な顔で頷く２人。そこに声がかかった。
「そうか……鏡は鏡でも、『天界の鏡』なんだね」
　２人が顔を上げると、綺麗な男の子が嫋やかに立っていた。

　男の子は弥逢 遊琳だった。女将さんのサービスを受けながらも何とか起きたという。３人は相談して女将さんを天界の鏡で映すことにした。

　遊琳が女将を呼び止め、話をする。もしも眠気が出ても、ろっこんで猫に乗り移った小枝が遊琳に刺激を与えて寝かさない算段だ。そして離れた所で拓郎が天界の鏡で女将さんを映す、という作戦だが。
（き、緊張する……）
　黒猫に乗り移っている小枝を抱きかかえながらにこやかに女将を足止めしている遊琳を見ながら拓郎は些か固くなっていた。もしも絶神だったら。
（弥逢先輩や春山さんに危害を加えないように、自分が何とかしないと……！）
　その際はろっこんを使ってでも飛び出してやる。拓郎は決意を持って女将さんを天界の鏡に映した。
　―――そして。

「ありがとうございました。またこちらの旅館に寄らせて頂きますね」
　眠気を黒猫小枝に止めて貰いながら、女将さんと話を終えた遊琳がロビーの片隅に戻ってくる。そして拓郎の横に座り、小さく言った。
「……映らなかったんだね？」
「はい」
　拓郎が硬い表情で頷く。２人は目を合わせるとふうーと長い息をつき、力を抜いた。
　もう１つの椅子には小枝がぐーぐーと寝ている。黒猫が慌ててぴょんと飛び移り、その手を引っ掻いた。


　では、看板みけねこの方はどうだろう。

「……おい、おい君達！」
　浴衣姿の旅鴉 月詠にゆさゆさ揺さぶられ、木陰で仲良く寝ていた綾辻 綾花とアルパカ……もとい薄野 五月は目を覚ました。
　起き抜けでぼおっとしている２人だが、月詠は構わず声を掛ける。
「アルパカでない方の君。君、猫といる時何かしようとしてただろう」
「え……あ、これですか？」
　綾花はぱちりと瞬きすると、ポケットから鏡を取り出した。
「ミラさんから貰った天界の鏡です。猫さんを映したかったのですが、どうにも眠くなってしまって」
　「やはりな」と言いながら腕を組む月詠。今度は五月に声をかけた。
「アルパカ君。君はどうしてそんな格好をしているのだい？」
「絶神はオオカミ、オオカミはお肉がお好きだろうと思いまして」
「なら人間でも構わないんじゃないか？」
「いえ、草食動物の方が断然美味しいです」
「なるほど。何にしてもなかなかいい格好だ」
　月詠はふむと頷くと、くいっと後ろを向いて「出て来たまえ」と言う。月詠の背後から小学生くらいの男の子と女の子―――月影 欠ると月影 満るが姿を現した。
「この子達も絶神を探しているらしくてね。どうだね、皆で協力しないか？」
　月詠の一言で、女子高生とアルパカと小学生と芸術家という奇妙なチームが誕生した。

（私は動物、私は野生……）
　五月は再びアルパカになりきって温泉街を歩いていた。すると。
「にゃ～」
　なんと看板みけねこが姿を現したではないか。
「おおう、やっぱりあなたはお肉がお好きなのですね？　さあ、お食べ下さい！」
　じりじりと怪しく近付くアルパカ。しかしみけねこは逃げる様子もなくくるんと丸くなった。
「ほぉぉ、魅力的なお背中ですね、みけねこさん」
　先程眠らされたにも拘わらず、やっぱり五月はその背中を撫でてしまう。そしてあっという間にうとうとし始めた。

　そのすぐ傍の暗い木陰。姿は見えないが、実はここに数名が隠れていた。
「では、映しますね」
　小声で綾花が言うと、うん、と満ると欠る、そして月詠が頷く。しかし彼らの姿は暗く、少し離れれば暗さに紛れてまったく分からなかった。満るのろっこん【欠る月】だ。満るの両目を出して３０秒保てば、片目を隠すまで触れたものが暗くなるという、非常に探索向きなろっこんなのだが。
「早く目を隠したいよ……」
　恥ずかしがり屋の満るが半泣きで言う。そんな彼女の前髪をしっかりと押さえながら欠るが言った。
「駄目だよ。今とっても大事な時…………あれ？　何が大事なんだっけ？」
（これは早く映した方がよさそうです！）
　姉弟の会話の危うさに、綾花は慌てて天界の鏡にみけねこを映す。そしてはっと表情を硬くするとすぐ横の月詠に言った。
「すごくふさふさした尻尾が映ってます！」
「うむ、ビンゴだったか」
　この作戦の立案者、月詠がおもむろに網を取り出し、やあっとみけねこに向かって飛び出し投げた。が。
　―――パスッと網にかかったのはすやすや寝ているアルパカだった。
「……私はこういう荒事は苦手でね」
「ああっ、みけねこさんがいっちゃいます！」
　しれっと言う月詠を置いて、綾花が鏡に映ったのと同じ姿になった絶神みけねこを追いかける。あわや見失ってしまうかと思った時だった。
「あ、みけねこいたねぇ！　さっきよりしっぽふさふさしてるみたいだけど、ま、いっか！」
　ぎゅーっ。なんと、曖浜 瑠樹が現れ、みねけこを抱っこしたではないか。みけねこの眠りから覚めた瑠樹は、またみけねこを抱っこしようと探していたのだ。
「そのまま、抱っこしといてねー！」
　言いながら綾花は駆け寄り、そのふさふさ尻尾を想いを込めてスポン！　それは綺麗に抜け、瑠樹が抱っこしていたみけねこはすうっと消えてしまった。
「あれ、みけねこさんいなくなっちゃったよぉ？」
「うわー、凄くふさふさな尻尾です。気持ちいい……」
「えー、オレもふわふわさせてぇ！」
　尻尾は暴れていたが、綾花と瑠樹がぎゅうと抱きしめるとおとなしくなる。そこにダダダッと赤髪の女子高生が駆け込んできた。
「あれ、みけねこは？！？」
　みけねこを洗い途中で寝てしまった神薙 焔だ。瑠樹がのんびりと言った。
「え、これだけどぉ？」
　そこにはふさふさな尻尾だけ。焔はしばし考えた後、言った。
「……その尻尾洗わせてもらっていいかしら？　もっとふわふわにしてあげるから」