失われたふわとろ食感を求めて｜リアクション

失われたふわとろ食感を求めて

４　伊藤佳奈編　いざ、尋常に味勝負！？

「ほほーう、元お菓子職人の不破甘之助さんか……。この人からレシピを教えてもらえれば『ホワホワ』の出来上がりだねっ。よーし、噂のお菓子の謎、きっと解いてみせるよ！」

ねこったーに上がった新たな情報を見て、伊藤佳奈は決意とともにぐっと拳を握った。

「美味しいお菓子は皆で共有すべき物だからね！」

……しかし、気がかりなことがある。

「レシピをあまり教えたがらないのかな。正面から頼み込んでもダメかも……うーん……」

しばし考え込む佳奈。
そして――

「あっ！　いいこと思いついた！」

ポン、と手を叩き、佳奈は軽やかな足取りで旧市街へと向かった。

　＊

「たのもーう、味勝負、一手ご指南願い奉る～！」

古風な趣のある家屋。表札には『不破』の文字が彫られている。
佳奈はその前に立ち、大声で叫んだ。

しかし、音沙汰なし。ならばもう一度。さっきよりも大きな声で。

「たのもーう！　味勝負！　一手ご指南願い奉る～！　不破甘之助どの〜！！」

すると、玄関のドアがゆっくりと開いた。

「……誰だァ？　さっかきからおかしな口上で俺の名前を呼ぶのは……？」

中から出てきたのは、六十代の男性だった。
佳奈に向ける鋭い眼光は、元お菓子職人というよりは《その筋の人》という印象だ。

「あなたが不破甘之助さんですか？」

「ああ、そうだが」

想像よりも厳しい面貌だったため一瞬怯んだが、ここで引き下がっては伝説のスウィーツには到底たどり着けない……佳奈は気を取り直して口上を述べる。

「では——いざ尋常に、お菓子作りで味勝負！」

これが佳奈の作戦だった。普通にレシピを聞いても答えてくれないなら、味勝負を仕掛けてその流れで伝説のスウィーツの情報を聞き出そうという考えだ。
すると、静かな口調で不破甘之助が言う。

「……お前さん、俺が昔、菓子を作ってたことを知ってて言ってんのか？」

「い、いかにも！」

ひしひしと無言の圧力を感じつつも佳奈が言うと、職人のプライドが焚きつけられたのか、瞳の奥が鋭く光った。

「いいだろう、その味勝負とやら——受けてやろう」

　＊

「完敗だーっ！」

一介の女子高生が作った何の変哲もないカップケーキと、元お菓子職人の男が作ったホイップ入りの絶品どら焼き。
味勝負の結果は——言うまでもないが——元お菓子職人に軍配が上がった。

「ううう……やっぱりすごい……っていうか美味しい……」

勝負する前からわかってはいたけど、圧倒的な差を見せつけられた。

「お前さん……料理の腕に覚えがあったんじゃねえのか……？」

頑固な性格の不破甘之助だが、佳奈の作った何の変哲もないカップケーキを見て困惑の表情を浮かべていた。
腕に覚えがある若人が道場破り的に勝負を挑んできたと思っていたのに、当てが外れたのだろう。

——と、ここまでは佳奈の作戦通り。
だが、佳奈の本当の勝負はここからだ。

「あのお菓子さえ作れたら勝てたのに……」

佳奈は呟き、さらに言葉を続ける。

「ふわとろのケーキみたいな、そこらのパンケーキとは次元が違うスウィーツ。名前は確か……『ホワホワ』だったっけ？　その作り方さえ解ればなぁ……」

不破甘之助の眉間がピクリと動く。
元お菓子職人のプライドを刺激して、『ホワホワ』の作り方を聞き出そう——それが佳奈の作戦だった。

「……ふん、それが狙いか。俺が『ホワホワ』の作り手だとよく調べたもんだ。その熱意は褒めてやろう」

ば、バレたっ！　と佳奈は一瞬焦ったが……あれ、褒めてくれてる！？

「と、ということは……レシピを……」

教えてくれるんですね？　という声を遮り、不破甘之助はピシャリと言った。

「いや、教えん。どこの馬の骨ともわからん部外者にはな」

にべもない言葉に、佳奈の希望は打ち砕かれた。