【極東神魂事変1270】

　時は大正！
　人々はモダンな洋装に身を包み、路上にはアーク灯が煌々と輝き、そして街のあちこちでは蒸気機関がもうもうと白煙を噴き上げ、蒸気式自家用車が花吹雪く街道を颯爽と行き交う……そんな時代でありました。
「はーい、きつねそばおまちどうさまー！」
　舞台は極東の地。帝都の喧噪からは少しばかり離れた、ここ寝子島の参道商店街には、今日もあきんどたちの元気な声が響きます。
「いらっしゃいませー！　月見そばですね、かしこまりました。月見そば一丁ー！」
　『蕎麦屋すすきの』の看板娘、薄野 五月もまた、あっちへおそばを運びこっちへ天ぷらをお届け、と大忙し。商店街に長らく店を構える老舗のそば店はいつだって大繁盛で、ことに五月は大車輪の活躍でありました。
「冷やしたぬきそば、おまちどうさま！　ごゆっくりどうぞ。ふっふ♪」
　その飾らない笑顔に魅了されたお客は引きも切らず、『すすきの』には明るい笑いがこだまするのでした。



　しかし大正というこの時代は、常に平穏な発展を遂げたわけではありません。
　そう、『極東神魂事変』として知られる、『魔鬼』らの台頭です。
「ま、『魔鬼』が出たぞー！」
「助けてくれえええ！」
　地を割り、天を裂き、彼らは神出鬼没に現れては街を無惨にも破壊し、人々を恐怖のどん底へと陥れました。
「あ、あれは……！」
「『魔鬼五人衆』！」
　中でも、下級魔鬼を率いてたびたび大規模な破壊活動を引き起こしたのが、かの『魔鬼五人衆』でありました。

　──雷光の貴公子、茂木 雷次郎！！
「ふん……相変わらず貧乏くさい街だ」

　──怪力怪僧、富士之坊 剛軒！！
「あらぁ、あたしは好きよう？　イイ男がいっぱいで。キャハッ☆」

　──音滅の魔王、孝道院 幻斎！！
「くだらぬ。我が魔音で全て粉砕するのみ」

　──妖艶なる氷姫、花氷のお雪！！
「哀れなこと……せめてわたくしが、そなたたちの苦しみまで、凍てつかせて差し上げましょう」

　──異界よりの使者、星酔門 須天羅！！
「この世のお酒は、ぜーんぶステラのものなのよー！」

　彼らの目的は、帝国に混沌を撒き散らすこと。
　当然その主要な標的は帝都……となるはずが、なぜゆえ彼らはちっぽけな寝子島へと姿を現すのか？
「そこまでよッ！！」
　その答えは、ほかでもないこの島にだけ息づく不思議な力……『神魂』にありました。
「出おったな。『参道看板衆四人娘』！」
　憎々しく叫ぶ雷次郎。魔鬼らの目の前へと颯爽と現れたのは、可憐な四人の乙女たち！
　彼女らはうどん屋の看板娘であり、ラーメン屋の看板娘であり、スパゲッティ屋の看板娘であり……そして。

「悪行はそこまでです！　正義の弾丸、その身に受けなさい！」
　そば屋の看板娘、五月！
　可憐にしてうら若き乙女たちこそが、『参道看板衆四人娘』。
　魔を打ち払う、人類の希望でありました！



　寝子島にて富を成したとある財界の有力者が、国を憂い、魔鬼を打ち滅ぼさんがために出資し、結成されたのが参道看板衆です。
　彼らは日頃、参道商店街にて商いを行いながらも、ひとたび事が起これば迅速に体制を整え、魔鬼との激しい戦いへと臨むのです。
　太古より寝子島へ息づく不思議な力、神魂……看板衆の中でもその影響をことに強く受け、神通力たる『ろっこん』を扱うことができる『もれいび』であったのが、四人娘。五月たちでした。
　大日本帝国が誇る蒸気技術に加え、神魂を変換し戦いの要へと昇華した『神魂力』によって駆動する兵器の数々。四人娘が身に纏う退魔装束、退魔武器の数々もその賜物です。
　島の諸所には有事に際して起動する神魂砲台や神魂防壁が敷設され、今や寝子島は対魔鬼型防衛要塞島となり、国の守りの中核を担っているのです。
　魔鬼がこれらを危惧し、排除せんと襲い来るのは当然のことと言えました。



「おーほほほ、イケメンは許す！　若い女は、許さないわよぅ！」
「しゃらくせえっ！」
　剛軒の錫杖が石畳を砕き、うどん屋の娘は巨大なハンマーを振るいます。
　幻斎の放つ魔音は、ラーメン屋の娘が華麗なクンフーとヌンチャク捌きでかき消しました。
「人ごときが、我に歯向かうか……無礼千万なり」
「ひとじゃなくて、もれいびよ！　ナメないでよねっ」
　お雪の吹かせる凍てつく風と、須天羅が呼び込む酔霧が入り交じり、スパゲッティ屋の娘を包み込みますけれど、
「この程度の攻撃、私のろっこんの敵ではありませんよ！」
「あーっ、ステラの霧を消しちゃったなの！　いいからお酒もってこーい、なのー！」
「愚かな……苦しみが長引くだけだというのに」
　ろっこんが放つまばゆい光がそれらを吹き飛ばしました。
　そして五月が相対するのは、雷次郎。魔鬼五人衆の筆頭格です。
「俺の雷を、撃ち落とすつもりか？　その鳥撃ち銃で。無謀なことだな」
「こう見えて私、欲張りなんですよー？　大きな獲物を撃つのが好きなんです。ふっふ」
　流れるような所作で神魂弾を装填し、構えるは桜栄七〇式神魂狙撃銃。
　トリガーを引き絞れば狙い違わず、雷次郎の髪飾りを吹き飛ばします。
「ちっ。伊達ではないということか」
　雷次郎の指先から迸る稲光を紙一重で避け、五月は銃口を真芯へ定めては撃ち、レバーをスピンさせてリロード、続けざまに次弾を叩き込んでいきます。
「寝子島は、私たちの生まれ故郷ですから。好き勝手ばかりしてもらっては困るんです。それより茂木さん、すすきののおそばを食べてみませんか？　きっと人の世も悪くはないと分かっていただけますよー」
「相も変わらず、つかみどころのない女よ……そのような台詞は、俺に一度でも膝を突かせてからほざくのだな」
「ではでは、遠慮なく。ちなみにこの時期は、あったか～い天ぷらそばなんてオススメですよー」
「黙れ、小娘！」



　激闘。激戦。激突は、一昼夜にも及びました。
　けれど五人衆はやがて、四人娘や参道看板衆の果敢な抵抗に手を焼き、一時撤退してゆきました。
　街には瞬く間に、喜びの声と安堵、真っ向から魔鬼と対峙し撃退した四人娘への賛辞があふれ返ります。
　乙女たちも装束を脱ぎ、手を振りながらそれぞれの店へ戻り、再び看板娘として花咲くのです。
　魔鬼たちは、五人衆はまた、寝子島へと襲い来るでしょう……不安げな顔を浮かべるお客へ、五月はウィンクぱちり。どんな時だって、言ってのけました。
「大丈夫！　私たちが全部全部、守りますよー。伝統のお味も、平和もね。ふっふ♪」
　どれだけ時が流れようとも、いつまでだって、『蕎麦屋すすきの』はこの地で美味しいそばを提供し続けるでしょう。
　この看板娘の不敵な笑みは、ちょっとやそっとじゃあ崩れそうにありませんから。
　時は大正。花吹雪にも蒸気の熱と出汁の香りが染みわたる、参道商店街でありました。