ねこ電の二日間｜リアクション

ねこ電の二日間

　ふわり、微かな金木犀の香が鼻先に触れた。
　冷たい花の香よりも近い、体温を帯びた優しい花の香を辿って瞳を伏せて、目に入ったのは遊琳の髪を結わえた組紐。柔らかな橙と山吹、淡黄白の糸で編まれたそれは、
(俺がこの間あげた奴)
　遊琳の瞳の色の京組紐。
　きちんと使ってくれていることに嬉しくなると同時、気づいた。斜め後ろからの横顔であっても分かる。毛布に隠すようにしている遊琳の横顔は、ひどく思い詰めたような色をしている。
(そないな顔、せんでや)
　そう思うのに、口には出来なかった。だってどうすればいいのか分からない。
(何がゆーちゃんの幸になるんか、俺にはまだ分からへん)
　ただ、これだけは分かる。
　早くしなくては、遊琳はどこか遠くに行ってしまう。
(お前に、もう会えんくなってまう、ような)
　そんな気がしてならない。
　だから、せめて剛は星に祈る。
　この旅が終わらぬよう。
　サザンクロスに止まらぬよう──
　風の音と車輪の音が混ざり合う。どこまでもどこまでも一緒に行くかのように、星空へと響いて行く。
　金木犀の花の香をどうしようもなく近くに感じながら、剛は遠い星に願う。

(……このままどこまでも行けたらええのに、な……)
　見下ろす瞳に、キラリ、刺すような銀色の光が触れた。遊琳がその細い指先に触れているキーチャームを瞳に捉えながら、剛は身を固くする。
　ハロウィンの時に会った金髪の男が脳裏を過った。
「なあ、ゆーちゃん」
　唇を寄せれば触れることさえ出来る遊琳の白い耳に低く囁く。
(……あの時の推測の答え合わせ、してもええかな)
　尋ねてしまえば、後戻りは叶わなくなるかもしれない。そう思いはすれど、それでも訊きたかった。確かめたかった。
「この間、」
　遊琳の華奢な肩が強張るよりも一瞬先、
「のぉおおお！？」
　頭の上、ぴょーんと飛び乗って来たナニカに機先を制され、剛は声を上げる。慌てて頭に手をやって掴んだのは、
「……って、猫ぉ！？」
　みゃあ、と夜色の瞳を丸くして鳴く、しなやかな体躯と青い夜の毛並みした仔猫。
「お前、いつの間に！」
　喚く剛の鼻先に小さな猫パンチをくれて、猫は軽やかな身のこなしで屋根の上に飛び降りた。
　どうしたの、と声を上げて振り返るとほとんど同時に仔猫と剛のやり取りを目にして、遊琳は蜜色の瞳を丸くする。
「……なーんか、俺の友達に似とるなあ」
　鼻先を引っ掻きながら困惑したように呟く剛に、遊琳はくすりと笑う。剛の言う『友達』に、遊琳も心当たりがあった。
　自由闊達をかたちにしたような身体つきに、やりたい放題をするその癖鷹揚で、人間の面倒を見てやっていると思っているような不思議なまなざしさえしてみせる、その仔猫。
「おいで」
　既視感の正体は口にせぬまま、遊琳は毛布の中で温めた指先を伸ばす。
「寒いんだ、少しだけ一緒に居てよ」
　そっと請えば、仔猫は仕方がなさそうに遊琳の指先に冷たい鼻先を触れさせた。
　当然のように遊琳の膝に落ち着く仔猫を、遊琳は自分の身と毛布で包み込む。
(ねぇ、優しい意地悪)
　『友達』に語り掛けるに似て心に呟く。
(可愛い僕の友)
　にゃう、と聞こえた仔猫の声に遊琳は笑い声を零した。
「ふふ」
　遊琳の顔から先ほどまでの思い詰めた色が消えていることに、剛は胸を撫で下ろす。
(さっきの聞きそびれてもうたんはちとモヤッとしとるけど)
　にゃう、とタイミングよく鳴いた仔猫の気配が、いつか秘密を語り合った『友達』の優しさにとても似ていて、剛はもう一度鼻先を引っ掻いた。
(せやな……まあ、今日はここら辺にしとくわ、黒猫さん)

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