...calling｜リアクション

...calling

「こんばん～」
　一ヶ月前ならまだ夕方で通った時間帯だが、すっかり日が短くなった今日この頃では十二分に夜だ。ゆえにボンソワーと白真白は、片手を挙げて『クラン＝Ｇ』の自動ドアをくぐった。
　店を出て行く三つ編みの少女とすれちがって、
「おっと千絵ちゃん、掃除中だった？」
　真白が呼びかけると三佐倉千絵（みさくら・ちえ）は、急に夢から覚めたようにはっと顔を上げた。眼鏡の位置を直す。
「……え？　あ、白さん？　いらっしゃいませ」
　千絵の手にはモップが握られている。すぐそばにはモップ絞りのついたバケツ。拭き掃除の途中らしい。
「まだやってるよね？　入っても大丈夫？」
「もちろんです。ちょっと汚れを見つけたので拭いているだけですから。どうぞごゆっくり」
　千絵はにこっとスマイルを見せる。まさしく看板娘だ。しかし千絵は真白のいでたちに気付いて、
「白さん、荷物たくさんですね」
　と目を丸くしている。さもありなん現在の真白は、左右の手にスーパーマーケットのレジ袋と薬局のやはりレジ袋、それも二つずつ合計四つを提げているのだ。やじろべえ状態である。
「これ？」
　ひょいと掲げると白菜の入った袋が、がさりとビニール音を立てた。
「ちょっと日用品の買い物に行ってたんだけど、買おうと思ってたものが安売りしててさ、お金が余ったからTOSのカード買いに来た！」
　いったん帰ってからにしようかとも考えたんだけどそれだと閉まっちゃいそうで、と苦笑いする。
「それは嬉しい話です。どうぞお荷物はカウンターで預かりますから」
「え？　いいの？」
「ほかならぬ白さんのためですもの」
「言ってくれるじゃない、買えるだけ買っちゃうって気になっちゃう。う～んこの商売上手！」
「うふふ、まいどありです」
　買い込んだ品をカウンター裏に置かせてもらうと、真白は店内をぐるり見回した。

「この時間だとほとんどだれもいないね」
「そうですね、それでも奥にはちらほらいらっしゃいますよ」
「生鮮食品売り場じゃないから半額シール貼ったりしないのに？」
「そこはほら、会社帰りの社会人のかたとか、部活が終わった学生さんとか」
「ああそうか。ちなみに閉店時は蛍の光がかかったりする？」
「いえ、うちはスターニャオーズの帝猫軍のテーマがかかります」
　この店らしいと笑いつつ、真白は店の奥に目を凝らす。さすがに紅の姿はないらしい。しかし見覚えのある姿がちらと見えた。
　あれはえっと……寛美さんだっけ？
　えーと、私と同じで一文字の苗字だったよね？
　南とか、項（うなじ）とか、そんな……唄（うたい）、いや詠？
　そう、詠寛美さんだ。
　と記憶が蘇ってスッキリしたものの、

　ドタッと大きな音を聞いて真白は我に返った。

「大丈夫ですか！？」
　泡を食った様子で千絵が飛んでいく。鼠色のスーツを着た男性客が、モップがけ途中の濡れた床を踏んで転んだのだった。
「痛たたたた……」
　腰をさすりながら中年男性は立ち上がった。
　額に絆創膏を貼っているが、これはもちろん今できた怪我ではないだろう。
「っと、おじさん見ない顔だね？」
　真白も千絵につづく。