...calling｜リアクション

...calling

　さながら近づく冬の足音、伊織源一の鍛錬は、日々に強度を増していた。
　鍛錬とは肉体のそれのみを意味しない。知の鍛錬にも余念がなかった。両者は相補う関係にあり、武術の稽古にのぞむ時間が高まるほどに、勉学にも熱が入っていった。知を磨かんとすれば肉体を鍛えることにつながり、肉体を酷使することがまた、知の錬成を呼び込む。
　この日も道場『仙狸館』、静寂のなかでひとり、源一は己と向かい合っている。
　稽古着、袴穿き、素足で立つ。
　自身の呼吸はすでに、吐き出す息の量にいたるまで理解している。
　一歩踏み込んで掌底。素早くこれをくりかえす。
　ころあいをみて体捌きの精練にうつる。正面から刀が振り下ろされるさまを想像し紙一重、最小限の動きで避け反撃の姿勢をとる。
　くりかえすこと数度、唐突に動きを止めると源一は首を振った。
　足りない。
　そう思った。
　技は以前（まえ）よりずっと研ぎ澄まされたが、それでもなにかが足りないのだ。決定的に。
　やはり一人稽古では限界がある。
　もちろん家には祖父という相手もいるのだが、それでは今までと一緒だ。祖父には手の内はすべて量られている。完全とは言わないまでも、祖父の手の内も源一は大いに知っていた。無理もない。そもそもが源一の武は、祖父の模倣からはじまったのだから。
　ひとりの武術家として、源一は新しい刺激を求めているのだ。
　自分にはない発想、戦術、戦法のアプローチを取り入れ、己の武にさらなる厚みを加えたいと言えばいいのだろうか。
　迷いを振り切るかのように、激しく受け身の修練に入りながらも、源一の思いは晴れなかった。
　こういうとき、祖父のように実戦経験に富んだ同好の友がいればいいんだが……。

「……」
　口惜しさに身を焼かれるような気持ちだ。
　同好の友、そう表現できる存在は自分にはない。ある程度の顔見知りならあるものの、このような場所で心静かに対面し、言葉よりも肉体で、技と痛みで会話できるような相手が。
　寝子島高校には武術をたしなむ学生は多数ある。特定の武術に限るなら、それこそ全国レベルの使い手まで。
　そういった武術家と、なぜ自分は親交を結んでこなかったか。
　三年間の口下手のツケというものだろう。
　口中は、苦い丸薬を飲み込んだときのような味がする。