化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

「よぉ嬢ちゃん。口裂け女って知ってっか？」
落神神社の本殿の中。
毒島柘榴は隣に体育座りをしている草堂鶴子に向かって急にそんなことを尋ねた。
「えと、は、はい」
「おっ、物知りだねぇ。あれなー、俺がガキの頃に流行った怪談っつーか都市伝説みたいなもんなんだが、嬢ちゃんくらいの子でも知ってるたぁな」
柘榴は武骨な手で草堂の頭をわしわしと撫でる。
あまりにも強く撫でるので彼女の頭ががくんがくんと揺れているが、草堂もまんざらではなさそうに頬を染めていた。
「あたしそういう怖い話みたいなのが好きで……」
「へえーえ。そいでな、まあさっきその口裂け女と麓で戦ったんだわ」
「す、すみません……」
草堂は申し訳なさそうにこうべを垂れた。
「いーっていーって。俺はこうしてピンピンしてるし。聞けば嬢ちゃんもろっこんに目覚めたばかりだって言うじゃねえか。はなっから上手くいくやつなんざいねぇよ」
「そうでしょうか……でもあたしのせいで大変なことに」
「んー、そうか？　そうだなあ……」
柘榴は今にも泣き出しそうに俯く草堂を見ると、顎に手をあてて少し考える。
「よし、じゃあちょっと顔貸しな」
「は、はい」
すると柘榴は、素直に顔を寄せる草堂の額にびしりとでこぴんを打った。
「あぅっ」
「これでおあいこだな」
「うぅ……」
草堂は赤くなった額をさすりさすり頷いた。
「そんなことより俺の勇姿を見せてやりたかったぜー。マスクを外し髪を振り乱しながら襲いかかる口裂け女！　俺はそこで咄嗟に持っていたべっこう飴を投げつけた！　あ、べっこう飴ってのは口裂け女が苦手なもののひとつなんだぜ。ちなみにもうひとつはポマードな。あー、嬢ちゃんくらいの歳じゃあポマードっつっても分かんねえよな……。ポマードってのはなぁ――」
放っておけば柘榴の話がいつまで経っても終わらないと思ったのか、草堂は少し慌てたように話に割って入った。
「あ、あの！　このあたしのろっこん？　って、どうすれば止まってくれるんでしょうか」
「お？　ああ、悪い悪い。そういえばそんな話だったな」
柘榴はばつが悪そうに頬を掻く。
「俺もそう詳しいわけじゃねえが、基本的には操ってるもれいびの意思に反応してるはずだ。ま、今回は暴走しちまってるみてえだから、それは難しいだろうな」
「そ、そんなぁ」
「もうひとつは気絶や、悪けりゃ死んだりなんかで、もれいびの意識が無くなることだ。多分思いっきりぶん殴ればころっと意識くらいは飛ばせると思うが……やってみっか？」
訊かれた草堂は激しく首を横に振る。
「ククッ、冗談だよ。とまあ、普通のもれいびならこれくらいしか方法はねえが、この俺毒島柘榴にしかできねぇ方法があんだ」
すると柘榴は懐から取り出したチョコシガレットを一本咥えた。
「それが俺のろっこん『オグンの鉄剣』。簡単に言やあ痛くせず、意識も飛ばさず強制終了ってとこだな。俺の剣さばき、受けてみるかい？」
「あ、お、お願いします！」
「かうぉかびしれ。良い心がけだぜ、嬢ちゃん」
真剣な表情で頼む草堂にそう言って柘榴は彼女の首筋に、とん、と手刀を当てた。

ぴしり。
「……ん？」
ぱきん。
「なんだぁこりゃ……」
柘榴の口からチョコシガレットが落ちる。
草堂に『オグンの鉄剣』を使った直後。
彼が手刀を当てた部分から、草堂の体にひびが入った。
「おいおいおいおい、どうなってやがるっ」
柘榴は己の能力が失敗したのかと慌てふためくが、しかし草堂のひび割れは止まらない。
彼女の首筋から背中にかけて、衣服ごと縦一直線に亀裂が入っている。
ばぎっ、とひと際大きく音が響いた次の瞬間、空間が爆ぜた。
まるで穴の開いた宇宙船から空気が漏れだすように、草堂の内側から世界が溢れ出す。
間欠泉が如く噴き上がり湧き上がった世界にもみくちゃにされながら、柘榴は見た。
立ち上がった草堂が、背中をぱっくりと開いたままにたりと笑う姿を。

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