化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

（……少し遅くなってしまったな）
ヨハン・プレストンは真夜中の寝子島をバイクで走っていた。
仕事の帰り道である。
（明日の授業、ちゃんと受けられるだろうか……）
大人びた容貌のせいで間違われやすいが、これでもまだ１６歳、高校２年生だ。
彼がエンジンの振動を感じながらバイクを走らせていると、すとん、とオイルタンクの上に何かが落ちてきた。
前方から視線を逸らすわけにはいかないため、視界の隅にわずかに映っているふさふさした尻尾から判断するしかない。
「……猫？　……テオか」
白い尾先がちらちらと目に入る。
「そうだ」
「何だ」
ヨハンは無表情な声音で尋ねた。
運転に集中しているということもあるが、もともとがそれほど感情を露わにするタイプではない。
「『妖怪退治』をするんだ。いいな」
ヨハンはちらと明日の学校のことを思い浮かべたものの、既にだいぶ遅い時刻となっている。
今更少し夜更かししたところで、結局明日眠いことに変わりはないだろう。
「……ああ」
「じゃあな」
そう一言残し、テオは現れた時同様ぽん、と跳び上がると何処かへ消えた。
その直後、地面が大きく揺れた。
ヨハンは咄嗟に急ブレーキをかける。
タイヤがアスファルトを滑る甲高い音が長く響いたかと思うと、ふいに消える。
気が付けば、ヨハンは猫又川の河川敷に停車していたのだった。
（今の感覚は、恐らくまたテオの『世界』へ飛ばされたということだろうな……）
ヨハンはバイクを押して、石ころだらけの河原から一応はまともな道である落神神社参道へと移動しながら考える。
（『妖怪退治』、か……まぁ、テオが言うからには『妖怪』がいるんだろう）
苦労して砂利道を脱出させると、ヨハンはバイクにまたがりエンジンをかけた。
黒いスモークのかかったフルフェイスヘルメットをきっちり被り、アクセルを開ける。
オンロード用の太めのタイヤであるにもかかわらず、足を取られることもなく速度を上げていく。
（……なるべく早く帰りたい。『妖怪』だかなんだか知らないが、障害はすべて轢き潰す）
とはいえ暗闇の中この速度では、何か現れたとしてもそれが果たして『妖怪』なのかそれ以外なのか判別することは難しいだろう。
（……テオの事だ。ここに送り込んだのは私だけではないはずだ。効率を考えれば合流が先決だろう。幸いこの先には神社がある。人が集まっているかもしれないし、行ってみるか）
しばらくして、ヨハンは鳥居前の石段に差し掛かった。
しかし、停車する様子は無い。
そのまま進めば確実に転倒してしまうだろう。
ところがヨハンは停まるどころか逆にアクセルを開けると、石段の脇、比較的平らに石の敷かれた部分にタイヤを乗せた。
そのまま一気に、タイヤの半分ほどの幅も無いそのライン上を駆け登り、鳥居をくぐったところでようやくヨハンはブレーキを踏んだ。
ヘルメットを脱ぎ、境内を見回すと、一言呟く。
「……これが終わったら、雑草くらいは抜いてやるよ、カミサマ」

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