雪に埋もれた寝子島｜リアクション

雪に埋もれた寝子島

「What's Happen? どうしてデース、もう日本は冬になったのデース？」
　アカリ・ゴールディングは震えて目覚めた。
「まだ食欲の秋を味わって無いデース……はっくしゅん！」
　不審に思ってカーテンを開ければ、窓の外は一面の銀世界。１０月にしてこの寒波、寝子島に来て数日の彼女でなくても、風邪を引いてしまうかもしれない。
　その上、桜花寮に入ったばかりの身で冬支度が済んでいるはずもなく。
　臨時休校の知らせに、アカリは制服の下に体操着を着込み、その上にジャージを羽織る。朝食を済ませてから、財布を握りしめて外へ出た。
　シーサイドタウンへ防寒着の買い出しに行くために。

◆

　アカリを震えさせた寒波も、朝鳥さゆるの気怠い微睡みに対してはそこまでの威力を持たなかった。
　星ヶ丘の自宅、くるまっていたシーツからのろのろと身を起こした彼女は、妙な寒さに窓辺に寄り、季節外れの雪景色に嘆息。
　もっとも、表情に困惑の色はなく、単に事実を確認しただけといったふうだ。一糸まとわぬ姿を気にする様子もない。
　詩的な雪景も彼女にとっては日常――夜ごと行きずりの相手と快楽に溺れる日々の延長に過ぎないらしい。
　頭を振った後、シャワールームで体中に温かい湯を浴び、昨夜の痕跡を洗い流す。
　普段は寝子ヶ浜そばのワンルームマンションに暮らし、星ヶ丘の自宅にはあまり寄りつかないさゆるだが、今回は事情が違った。
　ウザ絡みする“あの女”から離れるのも兼ねて、星ヶ丘に荷物を取りに戻ったのに。
　気づけば、普段と変わり映えのない一夜を過ごしていたのだ。
　シャワーを止め、身体を拭いて、服を身につける。
　学校にあまり顔を出さないさゆるにとって、スマホに届いた臨時休校の知らせはあまり意味がない、のだが。
　潰し方に悩む時間が出来たのは、確かだった。

◆

　学生ならば雪で臨時休校というのはあり得るが、勤め人では出勤するしないの線引きは難しい。
　三折部朝衣の場合は、寝子島町役場の職員として、出かけなくてはならない方に属する。こんな大雪では自転車は荷物になるだけなので、引っぱりだした冬支度に身を固め、徒歩での出勤だ。
　中学生の弟は、降ってわいた休みをいいことにパジャマ姿でゲームの虜である。ニヤニヤ笑いで手を振ってくるので「あんたも社会人になったら否応なく出勤させられるんだからね」と毒づいて家を出た。
　医師である志鷹若菜も、出勤するという点では朝衣と同じだが、弟と職場が同じなので家を出るのは二人
一緒だ。
　通勤の道中、慣れない雪に足を取られる人を姉弟で助けつつ、何とか病院に到着。
「あ、おはようございます。志鷹先生、大丈夫でした？　私、自分が転ばないようにするのでもう大変で」
「ふふっ、おはようございます。こんな雪、珍しいですよね」
　弟と別れ、小児科病棟で看護師に挨拶する。
　搬送が増えるようなことにならなければいいけど、と思いつつ、若菜は窓から空を見上げた。

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