ボイスコンテンツ搭載！　大きな声を出そう！｜リアクション

ボイスコンテンツ搭載！　大きな声を出そう！

1

「自分の声がそのまま形になってしまう」

　この変異に遭遇した佐藤英二が、真っ先に考えたことは、

「野々ののこさんに、現状を“夢”だと思われなくてはならない」

　ということだった。

　ののこと英二は、とりたてて親しいという訳ではない。
　寝子島高校1年の時のクラスメート。
　いつも明るい彼女を見ているのが好きだった。
　気さくに付き合える距離感というのだろうか。
　彼女の正体がどうあれ、彼女の笑顔を見ていると、自分も明るい気分になれる。
　何かあるわけではない。ごく普通のともだち。
　それでも、英二にとってののこは、かけがえのないともだちなのだ。

　だが、彼女の“正体”については、いろいろと耳にすることも多かった。
　彼女が島に来てから頻発するようになったという怪異。
　それに対する、他の人と違う彼女の振るまい。

――もし、彼女の『フツウ』が侵されてしまったら。

　その時、いかなる天変地異が寝子島を見舞うことになるだろうか。

　そのことについても、多くの憶測がののこの知らぬところで飛び交っていた。

　だが、そんなことよりも、英二にとって重要なのは。
　その時ののこが、きっと悲しんでしまう。
　それだけはなんとしても避けなければならない。

　だから人知れず、英二は誓ったのだ。
　彼女の『フツウ』が侵されてはならないと。
　彼女の周りに変異が起こったときは、それを彼女の目から隠さなければならないと。
　彼女の笑顔を守るため。

「こんにちは、野々さん」
　だから、自分の言葉を固めて遊んでいるののこを見たとき、真っ先に英二は、
「ちなみに、これは夢だからね」
　と予防線を張らずにはいられなかった。

　――夢？

「そう、夢なんだ。なんだか凄い状況だけど、これは全部夢だ」
　英二はさりげない風を装いつつ繰り返す。
　携帯などで確認すると、声が固まる事象で起こるパニックは、拡大の一途をたどっている。
　ののこが疑問を抱くのは、時間の問題だ。
　夢であることを力説するのにしくはない。

「夢か･･････」
　ののこは思案顔になる。
　その頭に大きな“？”が浮かぶ。
「ほら、こんな『？』が頭の上に浮かぶってこと、あるわけないよ。だからこれは夢なんだ」
「夢にしたら、なんだか生々しいよ？」

　ガン。
　そのとき、どこからともなく飛んできた『薔薇』の二文字が、運悪く英二の後頭部に直撃する。

「･･････大丈夫？」
　心配そうなののこ。
「夢だからね。痛くないんだ」
　笑顔を崩さない英二。
　――本当は、かなり痛い。
　よりによって、画数も多い文字ブロックがぶつかったみたいだ。
　でも、夢の中なので、痛いのは不自然。
　我慢しなくてはならない。

（野々さんのためだ）

　どげし。
　耐える英二の側頭部に『憂鬱』の二文字が激突した。
「本当に大丈夫？　今のけっこう、えぐかったよ？」
　鬱のさんずいのあたりが、英二のこめかみから側頭筋のあたりをぐっとえぐる。
　さすがに不安になるののこ。
「夢だから、痛くないんだ」
　それでもののこのため、笑顔を崩さない。
　ごく普通の少年の、フツウをまもるための、尋常ならざる努力。
　見上げた根性だ。
「ちなみに、野々さん」
「はい」
「これは夢だから、後日僕に今回の話をされても、きっと『？』な反応になると思う」
「夢だから」
「だから、気をつけてね」
「わかった、気をつける」
　神妙な顔をして、頷くののこ。

　こうしてののこは、この一連の出来事を『夢』であると納得することにした。

　世界と言うのは、こうした普通の人間達の、ありふれたやさしさで微妙なバランスを保っているのかもしれない。

「じゃあ･･････『声固まり』の街にでも行こうか」
「本当に大丈夫？　なんか血、にじんでないか？」
「夢だからいいんだ」

このページにイラストを設定する