Color Your Future｜リアクション

Color Your Future

　紗月が切ない声を漏らした。
　たとえ何週間離れていたって、紗月の敏感な場所を理緒が忘れるはずはない。
　まるで結婚初夜、むしろそれ以上かもしれない。二匹の白い蛇のように理緒と紗月はからだを絡め、ほとんど一晩中求め合い、与え合った。
　事切れるように意識を失い、何時間眠っただろう。
「……」
　白い手を伸ばし、紗月は枕元の目覚まし時計に手を伸ばした。
　届かない。
　シーツが肩から滑り落ちる。一糸まとわぬ姿だが、なにを隠す必要があろう。
　かたわらで嬰児のように眠る理緒を起こさぬよう、音を立てず紗月はそろそろとベッドの上を移動する。
　ようやく手にした時計からわかったこと、それは、すでに昼の一時を回っているということだった。
　昨夜は――。
　回想するだけで、体の芯が熱くなるような夜だった。
　あれほどの激しさは新婚初夜以来かもしれない。
　今回の理緒の撮影旅行は長かった。グアムへほとんど一ヶ月、その間ずっとアイドルグループの撮影をしていたのだ。
　集団アイドルだがメンバーは数人ずつで所属事務所が違うので、事務所ごとにまとまってグアムを訪れ、撮影を終えては去って行く。理緒はずっと滞在し、出迎えては目星を付けて置いたロケーションへメンバーを案内し撮影するというスケジュールだった。人気メンバーは短い間隔で二度三度とグアムに来て、そのたびに撮ったそうだ。最後の全員集合写真は、思い返すだけでクラクラするくらい大変だったらしい。
　長かったよね、と紗月は思う。さすがに一ヶ月も隔たったのは結婚してから初めてだ。
「……起きてる？」
　ぽつりと理緒が言った。
「うん」
　起きてるよ、と言って紗月は彼女の額にキスをした。くすぐったいよ、と理緒は甘えた声で身をよじった。
「ねえ。理緒ちゃん。来年で私たち結婚して十年になるよね」
「十年？　そんな気しないなー、だって紗月は紗月のままだし、あたしはあたしのままだよ」
「そうよね。でも変わったところもあるよ」
「たとえばどんなところ？」
「理緒ちゃん、大人の気配りができるようになったじゃない」
「まあね」
　理緒は頬をぽりぽりとかいた。そうしようと心がけたというより、気がつけば身についていたといった感じだ。
　それで、と紗月に言う。
「紗月は泣き虫じゃなくなったよね」
「だって、いつまでも泣き虫じゃいられないよ」
「でもなーんか寂しいな。紗月の綺麗な涙を拭うのが好きだったのに」
「よしてよ」
　紗月は照れ笑いしてしまう。理緒のどこかキザな、けれど素敵な表現に。
　するりと紗月はベッドを降りた。
「……ねえ、そろそろシャワー浴びて、服着替えて、なにか買い物に行こう」
「そろそろ冬物が欲しいよね」
　理緒は紗月の背を追う。もちろん、理緒も裸だ。
「そうだね」
　シャワールームから眺めた空は、突き抜けるほどの晴天だった。
　肌を打つ驟雨は激しくて熱く、タイルにしたたり落ちる水も大粒だ。
　そういえば、と理緒は言った。
「明日、打ち合わせで紗月の会社に行くから」
「仕事？」
「たぶん。新しいプロジェクトの顔合わせだって」
　へぇ、と紗月は小首を傾げた。
　そういえば上司から、明日の社内定例会議のあと少し時間を取ってくれと言われていたことを思いだしたのだ。
　そのことを話すと、
「紗月の受け持ち案件かもね？」
　と理緒は笑った。
「だったら面白いけどね」
「だとしたらどんな顔して『はじめましてー』って言うんだろ、あたしたち」
「それで『よろしくお願いしまーす』なんて言い合って……」
　瓢箪から駒が出る、まさかこの冗談が現実になるとはふたりとも、まだこの時点では思っていない。

　さっぱりしたら、秋空の下に出て行こう。
　手をつないで歩こう。
　かつてそうだったように。
　これまでずっと、そうしてきたように。