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　　ゴールの後で　　

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　――パパンッ！
　スターターピストルが鳴り、全ての走者がゴールしたことを知らせる。
　結果は、
　普通科：星チーム２位（５P）、アニマルチーム３位（４P）
　芸術科：星チーム６位（１P）、アニマルチーム５位（２P）
　体育科：星チーム１位（６P）、アニマルチーム４位（３P）
　総合計の獲得ポイントは、普通科と体育科の同率１位、芸術科３位となった。

　レース終了の破裂音が鳴り、愛猫 萌々子は救護テントから最終結果を眺め、少し残念そうに泉 竜次へ報告した。
「芸術科は、ちょっと残念な結果になっちゃいましたけど……先生、本当にありがとうございました」
「腰でトラブらなければ、もう少し余裕をあげられただろうにな」
「いいえ、私も最初は本気で取り組めなくて……ごめんなさい。気合いで走り続ける先生はとてもロックでした…すごく、かっこよかったです」
　レース中から、思うことがある。その格好良さにあてられたのか、尊敬する先生とリレーに参加できた高揚からか、ドキドキが収まらないのだ。
（まさかこれは、先生へのトキメキ……）
「どうした、愛猫？」
「いっいいえ、これは大声を出したせいです。そういうことにしましょう、ね！」
「何がそういうことなんだ？」
　不思議そうにする竜次を前に、萌々子は全力で両手を振るのだった。

　残存HPをかき集めて泥の沼地を超えた北里 雅樹は、ゴール直後に椎井 莉鳥を下ろした後、ぐったりとグラウンドへ横になっていた。
「やりきった……！　椎井、なんとか……守りきれただろ？」
　泥濘に足を取られて転けそうになったが、なんとか自分が盾になるように莉鳥を抱えこむようにして尻もちをついたのだ。重りの感覚からして多少泥は飛んだようだが、怒らせるような泥まみれでもないだろう。
「そんなに自信があるなら、いつまでも寝転がってないで自分の目で確かめて見れば？」
　そう言うなら、優しく目隠しをとってくれてもいいのに。雅樹は甲斐甲斐しい莉鳥の姿を思い描き、叶うわけないかと苦笑して自分で目隠しをとった。
　やっと戻ってきた視界。差し込む光が痛むけれど、莉鳥のいつも通りの無表情がなぜだかホッとする。
「ロミオは女の子が多かったのと、パンにハズレが多かったようで良かったわね」
　でなければ、雅樹のように体力が無いロミオが３位だなんて、とても信じられない。
「ああ、良かったよ。椎井が元気そうで」
　やっとの思いで起き上がると、泥だらけのまま横になったからか、体のあちこちがきなこ餅のようだ。パリパリに張り付いた泥を剥がそうとしていると、莉鳥が怪訝そうに見ている。
「椎井もハズレ、引いたんだろ？　なのに小言が飛び出すくらいには元気みたいだし」
「…………」
「無言と無表情のセットはやめてくれよ……」
　雅樹にしては３位なんて頑張っているし、泥の沼地でも競技のルールとはいえ守ろうとしてくれたので見直したりもしたけれど。
「決まらないのが雅樹だね」
　ふと見せた笑顔と共に出てきた言葉は、雅樹にはなぜだか少し温かく感じた。

　卵城 秘月の脚力と、吉住 志桜里のパフォーマンスとのコンビが乗り切って１位を獲得した体育科の星チームは、未だ志桜里をおんぶしたままだ。
　１位のチームだからと記念撮影を頼まれていたりもするのだが、疲れているはずの秘月が一向に離してくれないので、志桜里はニヤニヤとからかいながら秘月の頬をつついた。
「あらぁ？　ボディウォッチングだけじゃなくて、ボディチェックも趣味だった？」
　引き締まった太ももを支える手、ピッタリと背中に寄り添う胸――これだけ密着していれば、チェックをしようと思わなくても、自ずとわかってしまうことがある。
「……で？　今日の下着は一体いくらだったのかな？」
　残念なことに、いくら背中に押し付けたところで、無いものは無いのだ。なのにそのボディラインを誤魔化すかのように背中に膨らみが主張しているということは、寄せまくる高性能ブラか、はたまたリアルな揺れと重みを再現するオイルパッドが内蔵か。何かしらの小細工が行われている証拠に、秘月はギリギリと志桜里の太ももを締め上げる。
「ひ、秘月！　疲れてるでしょ？　私はそろそろ降り……」
「ふふふ、そういえば共用財布を使ったんだってね？　しおパン君。ちょっとお話しようか……？」
　何度同じ失態をしても反省をすることのないルームメイトにお灸を据えるため、秘月は笑顔で語りかけるのだった。

「二人とも、お疲れ様！」
　七夜 あおいと鴻上 彰尋を出迎えた八神 修は、普通科星チームの２位という健闘ぶりに心からの拍手を送った。
「修くんのロミオ、とっても参考になったんだ。彰尋くんのジュリエットも、指示が上手でね」
　それから、それからといっぱい話し出すあおいには濡れタオルを。パンを平然と食べていた彰尋には念の為に水のペットボトルを差し出し、修はあおいの話に耳を傾ける。
　ゴールをした直後だと、彼女は次のレースの準備で忙しく、改めてちょっとした挨拶をしたかったのだがタイミングが上手く掴めない。
　別に、彰尋が聞いている前でもいいのだけれど、それはなんとなく締まりがない。それは彰尋も同じだったようで。
　――今はまだ、休戦中。目が合った二人には、そんな言葉が頭をよぎった。


　学科対抗リレーは、準備に時間もかかれば片付けに時間もかかるようで、次の競技まで暫く余裕ができた。
「ゆっくり着替える時間ができて良かったね」
　ホッとしたように顔を緩める佐和崎 紗月は、泥だらけになってしまったドレスを勿体なく思いながらも、初瀬川 理緒と一緒に高校最後の体育祭を迎えられて良かったと、彼女の紋付き姿を心に焼き付けていた。
「まるで和装結婚式みたいな服なのに、綺麗な時にゆっくり写真を撮りたかったわね」
「うん……体育祭で着れるなんて、思わにゃ……っ」
　まだワサビ入りパンに齧りついた時の痛みが残っているのか、口の中が痛い。唇も腫れ上がってはないだろうかと思うと、理緒の前に立っているのが、少し恥ずかしかった。
「……これでお口直ししましょ」
　ふわりと優しく、唇が重なる。それは疲れが見せる幻か、痛みが痺れに変わってきただけなのか。それとも。
「理緒ちゃん……？」
　夢だろうか、と問う潤んだ瞳に理緒は苦笑して、無事に完走した喜びをわかちあっていることにして抱きしめる。
「頑張ったよ、紗月」
「………………っ！」
　外から見れば、仲睦まじい親友。でも本当は――それはお互いだけが知っていれば良い秘密。
「さてと。敵対しなくて済んだことだし、残りの競技も頑張りましょうか」
「う、うん……！」
　学科別競技はこの一種目のみ。
　体育祭の始まりを告げる、お祭り競技が終わった今、寝子島高等学校の体育祭は始まったのです。