暴け！　大人だけのヒミツの暗号｜リアクション

暴け！　大人だけのヒミツの暗号

　騒がしい店内に、ドアベルがさり気なく揺れる。
　いつもであれば、店主が顔をあげるくらいの効果はあろうそれが、まったく意味をなさないことも気にせず、三宅葉月はふとお気に入りの席は空いているだろうかと店内を見回した。
　少し大きな画材を買っても、周囲の人へ迷惑のかからない一人席。
　店主とのおしゃべりも楽しめるカウンターや、仲間内でお勧め本の意見交換の出来る数人席とは少し離れた、まるで本棚に埋もれるためのような席。それでも、文字を読む灯りは十分に確保されたその席は、静かに本を読むにはうってつけで、空いていることを確認するとどこかホッとしたように腰を下ろした。
　その姿は、まるでアンティークドールか、人間の書物を読みに迷い込んだ高貴な森の妖精か。静謐な存在感の彼女は、普段通りの店であったなら馴染みもよく、いつの間にかそこにいても違和感はなかっただろう。
「おねーたんのてーぶゆ……あり？　いらっしゃーませれす？」
「…………？」
　お店のお手伝いにしては、随分と幼い。葉月はコトコからメニュー表を受け取ると、そこに並んだ数字へ指を添わせた。
「おとながたべてゆ、とくべつめぬーれす！　おねーたんは、よめるれすか？」
「……ええ、大丈夫よ」
　大人たちが食べていたアイスの乗ったジュースが気になっていたコトコは、何人かに頼んだメニューの数字を見せてもらった。けれども、どれも―63956945―の部分は一致するのに、その前の部分が違うのだ。
　メニュー表には―25696269 63956945―と一緒に―21233283 63956945―と書かれていて、今まで見てきた数字はどちらとも合わない。先程の情報交換で『ふろ69と』と読めるらしいことは理解しているのだが、フロートを知らないコトコにとっては全く心当たりが無いのだ。
「……読めないの？」
「よめないれすけど、ちょとわかるれす！　たんてーだんのみなしゃんと、あんごーとくれす！」
　お店が盛り上がっている理由が、ようやっとわかった。とても楽しそうなコトコの笑顔に、葉月はこの暗号遊びが楽しかった時を思い出す。
「おじいさまが元気な時に、一緒に楽しんでみたかったけれど……」

　携帯電話が主流になっても、なおもこれと同じ配列を使って秘密の暗号遊びを教えてくれた祖父。懐かしくもちくりと痛むその思い出に浸りながら、葉月は一つ一つ丁寧に読み解いていった。

「はい、お兄さんたち――っとと、おまちどおさま」
　暫くして、珪と綾花の前には注文の品が運ばれてきた。
　うっかりメニュー名を言いそうになった文也を、珪は唇に人差し指を当てて制す。
「そちらのお嬢さんは、まだ解けてらっしゃらない？」
「はい。何が来るのかと、ドキドキしながら待っていました」
　軽く切り目の入ったやや厚切りのパンにバターが染み込み、砂糖が所々できつね色の焼き目をつけながらも、溶け切らずにシャリシャリとした食感も残っていそうなこれは――なんの変哲もない、シンプルなシュガートーストのようだ。
　別段、暗号にするほどの凄いメニューでもなく、子供たちが大騒ぎしている秘密結社とも結びつかないそれに、綾花はぱちくりと瞬きをする。
「何かわかったかい？」
「いえ……これが、シュガートーストだってことくらいしか」
　オーダーした数字は―3283210469 45693345―、これがシュガートーストと読み解けるのだろうか？
　他のメニュー表に書かれた数字も見ながら、綾花はシュガートーストが運ばれた数字を照らし合わせていく。
　推理に夢中になって、食べ頃を逃してはいけないので、口に運びながら考えることにした。