こそりと義弘の様子を伺っていた龍樹は見てしまった。
　義弘の鞄から、ヤバい物が覗いている。きっと、最初にメモ用紙を探して慌てていた時、鞄の中身をひっくり返すように探して、表に出てきてしまったのだろう。
（あんなヤバい物をもってるなんて、すげぇ悪党じゃん……！）
　文也はまだ、お菓子を与えてくれた。しかし義弘はどうだ？　こんなヤバい物を持っている上、可愛いお姉さんと話をしている。どう考えてもワルの中のワルだ。
　カプセルギアはアプリを使って音声操作も可能だが、もちろん画面上の操作もできる。
　龍樹は義弘にバレないよう、こっそりとアプリを起動させた。
　静かにムテンの目元だけが光り、リンクが無事に完了したことを確認すると、画面越しに目標である義弘の鞄から覗く、ヤバい物に標的を定めた。
　素早く証拠をおさえて智瑜を正気に戻さなければ、彼女が大変な目に遭うかもしれない。
　龍樹は緊張しながらスマホをタップし、ムテンができるだけ音を立てないようにして椅子によじ登る。あんな物を持っておいて鞄に意識が集中していないだなんて、このワルは強いのかもしれない。
　しかし、智瑜は自分を守ろうとしてくれている少年がいることなど、全く気づいていなかった。
「テーブルをまわって、皆さんが何を注文したか聞いてみたんです。この数字を描いた人にコーヒーフロートが来てるって事は……2、25……あっ！　おばあちゃんの携帯電話は、２を５回押すと"こ"になりますね」
　ふむ、とかな文字の暗号を解き、なんとなく読めるようにはなったが―3046461629―はかな文字ではなさそうだ。とすればアルファベットでもはいるのか――。
「にーたんねーたん、こえなんれすか？」
　考え込んでいた智瑜の元へ、コトコが『OPPAI』と書かれたメモを握ってやってきた。
　アルファベットの解読表を持つ瀬莉が、武道の悩みを解決しようと広げられたノートを見て解きはじめてしまい、出てきた文字に絶句しているところ、どんな暗号だったのか知りたがったコトコのために文字を書いて。それは、智瑜と義弘の元まで運ばれてきたのだ。
「……OPPAI？　3046461629を解読したら同じ字数になりそうですね。重なってる文字の位置も……え、そんなメニューなんて無いですよね？」　この解き方は間違っているのかも。そう思いながら義弘の様子を伺うと、口を真一文字に引き結びながら視線を合わせようとしてくれない。
（まさか本当に、『おっぱい』？　あ！　ここだとメニューじゃなくて本のジャンルなのかな）
「そこまで気づいたのなら、誤解の無いように伝えておくが……」
　義弘が智瑜と目を合わせ、これはお姉さんのピンチだと龍樹はスマホを操作する。

　　- - A.I.C.O.　　STARTING - -
　　- - COMBATANT　MUTEN - -
　　- - MASTER　　RYOUJYU - -

　　　　　> ORDER? <

.



「おねーさん、こんなワルに関わっちゃいけないぜ！」　物陰から飛び上がったムテンは、勢いよく義弘が所持していたヤバい物を鞄の中から引きずり出し、テーブルに叩きつけた。
「これは……」
「早く逃げろおねーさん！」
「これは、彼女からのプレゼントのマウスパッドだ!!」
「…………え？」
　一瞬、龍樹は何を言われたかわからなかった。
「使い心地は大変いい……しかし、柄も柄なので、お勧めのメーカーが聞ければと思って、それで……」
　義弘はただ、文也がパソコンを使っているようだったので、あくまでマウスパッドの話をしたかったのだ。利用しているマウスパッドのタイプを直接口にするのが憚られ、オーダー用のメモ用紙に書いたり、交流用ノートで情報を呼びかけようかと思いつつ、色々悩んだ。―1543610512―では直球すぎるかと―3046461629―に変えてみたり、書いては消してを繰り返し、なんとなく最後まで書ききることも出来ず……そんな中途半端に残った単語を見た他の客が、面白半分にノートの他のページにも書き始めてしまったのかもしれない。
　そう語る義弘に、文也は会話をお開きにしようと手を叩いた。
「……うん、まあ、大人にはいろいろあるよね！　では改めて、注文を伺っても？」
「出してあげればいいんじゃない？」
　騒ぎを静かに聞いていたあずさが、おもむろに口を開いた。まるで、―3046461629―は喫茶店で注文できると言わんばかりの自信に満ち溢れた笑みだ。
「メニューにはないですよね、何が出てくるのかな？」
　確かに義弘の誕生日プレゼントでおっぱいマウスパッドを贈ったのは自分だが、それがこんな騒ぎを起こしてしまうなんて……。智瑜は申し訳ないなとおもう気持ちが半分、それで隠しメニューに辿り着けるなら良かったのかもと思う気持ちが半分。でも少し、わくわくが大きいかもしれない。
　義弘はといえば、あずさから耳打ちされている文也の顔がひきつっているようにも見え、嫌な予感しかしなかった。
「本当にコレ、大丈夫？　……眼鏡のお兄さん、あちらのお客様からです」
　お皿の上でぷるぷると揺れる、2つの白いお椀型。その頂はほんのりピンクに彩られ、まるでそう、これは――
「おっぱい……」
「すげー、ほんとにおっぱいだ！　おーっぱい！　おーっぱい!!」
　わあわあと物珍しげな目をした子供たちに囲まれる。どうやら、―3046461629―の文字をみかけたあずさが、土産物屋でおっぱいプリンを購入していたらしい。
　義弘は目眩が起こりそうになりながらも、食べ物を無駄にはしないとスプーンに手をつけ、これ以上の恥を晒すものかと一息て食べ尽くした。
　……自棄になったのでなければ良いのだが。


　これで、暗号は全て解けた。
　けれども、スッキリしたのかといえば――それは、今後義弘と関わることがあるかどうかによって、変わってくるのかもしれない。