はじまりのセプテンバー｜リアクション

はじまりのセプテンバー

　成績優秀、特技も多数、容姿端麗にして礼儀作法も完璧、新聞部では学生新聞コンクールに何度も入賞し、射撃部でも優秀な成績を収めてきた。実家は上流階級という言葉すら及ばぬほどの純然たる名門、父親は現役の与党衆議院議員で、キングメーカーと噂される実力者だ。故郷ではすでに、父の地盤と看板、鞄を引き継ぎ、さらに大きくする存在だと見なされているらしい。某青猫ロボット漫画の、出来がよすぎる杉の木みたいな少年だって、きっと彼の前ではかすんでしまう。
　それが、八神修である。

　伊賀解理に語ったように、このとき修は学校の図書室での自習を終え、帰路についていた。
　この夏休み、と修は思う。
　ずいぶんと、図書室や図書館にお世話になったものだ。
　なにか用事があるときは別だが、特段に予定のない日は、それこそ一日中籠もっていたといっていい。
　図書に囲まれるという静謐な環境と時間が、二学期のはじまりと同時に減ること、それを少し惜しむ自分がいる。
　――こうして成績を高め頂点を極め、そうして得られるものは何か。
　ふと、そんなことに思い至る。
　学校が再開したせいだろうか。雑音のない環境でただただ勉強していたときには出なかった疑問だ。
　それこそ、父親の認める息子すなわち理想の後継者像に近づいているだけではないのか。
　普通高校の生徒を『庶民』の一言で別の種のごとく呼ばわる母の求めるまま、庶民から遠ざかるための努力なのか。
　結局、内心では嫌悪しているつもりの親の価値観あるいは世界観、そのままに生きようとしているのではないか。
　俺は――。
　目眩がする。首を振る。
　俺は、勉強が、コツコツと努力するのが好きなだけだ。それが、人の命を救う医の道につながっていると思うから。
　前髪をかきあげて、その考えにすがろうとする。
　あおいに会いたい。七夜あおいに。
　ただ願う。砂漠で渇した旅人のように。
　やがて意識がしゃんとしてきた。修は眉間に触れて、硬くなった部分をゆっくりとほぐした。
　仮に紹介する機会があるとして両親はあおいに、どんな評価を下すだろうか。
　父親なら、あおいの人間ではなくその経歴をだけを見て、『妾（めかけ）にするのなら自由だ』と言うかもしれない。
　母親なら、庶民の血が八神の家系に混じると想像するだけで卒倒するかもしれない。
　それでも、俺は――。
　このとき修は、自分が十字路にさしかかっていることに気付いた。
　右に曲がりずっとゆけば、やがて星ヶ丘の邸宅に着く。
　しかし修は普段の進路を見ていなかった。海にむかう道へと目が留まっていた。
　まもなく日が暮れる。
　いつもはなんとなく見過ごしている灯や建物、そんなものを見てみたくなった。
　いつもと違う道を通るのもいい。
　猫たちの集会所が見付かるかもしれないし、見かけない良い感じの輸入雑貨の店があるかもしれない……。
　そう、可能性はいくらでもあるのだ。
　一本道を変えるのは、独特の新鮮さがあるな――。
　なにが起きるか、誰に出逢えるか。
　楽しみだ。