はじまりのセプテンバー｜リアクション

はじまりのセプテンバー

　目に見えぬほど小さな、トゲトゲの礫（つぶて）が飛んで来た！　そんな錯覚を野菜原ユウは覚えている。
　これを顔面でまともに受けたのだからたまらない。
「うわ辛っ！　空気が辛い！　痛辛いっ！　目に染みるじゃんマジで！　ヤバみハンパねー！」
　くらくらするほどのダメージだ。
　現在ユウはカレーの仕込み中、それも名物激辛テイストに挑んでいるのである。さすが本場の威力、まだ口にしたわけでもないのに、もう辛さ爆発大フィーバーという状況なのだった。『空気が辛い』は決して誇張ではない。
「うんうん、それは激辛になった証拠だよ♪　ユウくんやるじゃない☆」
　隣の鍋でタンドリーチキンの下ごしらえをしつつ、鬼河内萌は歯を見せて笑った。
「へへっ、こんなもんよ。でもま実際は、鬼河内の教え方が良かったんじゃね？」
　百均ショップで買ったエプロン姿で、ユウは腕まくりしてみせる。
　萌とユウ、ふたり営業の『ザ・グレート・タージ・マハル』は週末から営業再開となった。狭い厨房で現在、萌とユウは開店準備中なのである。スパイシーな香りはすでに充ち満ちて、店内BGMこと軽快なインド映画のサントラもぐんぐん回っており、なんともエスニックな塩梅だ。
　赤い刺激と食欲を呼ぶ香りに、うなりながらユウは鍋をかき混ぜる。
「かーっ、辛そうなのに美味そー！」
「上出来上出来♪」
　ヒリヒリのカレーを小さじにすくって、萌はしきりとうなずいている。
　もともと萌はカレー作りの達人なので、スパイスの組み合わせが複雑なアーナンド流の味の再現も見事なしとげることができた。この分なら、堂々と客を迎え入れることができそうだ。
　ふとユウがつぶやく。
「結局俺、鬼河内にうまいこと乗せられてるような気がすんなー」
「えー、そう？」
「気がつけばバイトの契約書も書いちまってたし」
　あの星山真遠という司法書士が、てきぱきと作成してくれたのだった。時給は高校生バイトにしてはいいほうだと思う。
「ユウくんも進学にお金がかかると悩んでいたし、少しでも足しになれば良いと思うんだけど……ダメかな？」
「まったくダメじゃねーよ。むしろ感謝してんぜ」
「なら良かった☆」
「でもびっくりしてんだ。カレー食いに来た店で働くことになるとは思わんかった」
「よく言うでしょ。『人生はギャルゲーのパッケージのようなもの、インストールするまでクソゲーかはわからない』って」
「よく言わねーし。ていうかそれどういう意味だよ」
「近い将来のことだってなかなかわかるものじゃない、ってことかな」
「だったら最初からそう言ってくれ。でも」
　にししっ、とユウは笑った。
「確かにそうかもなー」
　このときカランコンと、ドアにとりつけたカウベルが鳴った。
「おっ」
「もしかして？」
　ユウと萌は顔を見合わせる。
　やっぱりそうだ。お客だ。
「いらっしゃいませー！」
　ふたりの声はインド映画のサントラに乗り、キャッチーなハーモニーを織りあげた。

　――『はじまりのセプテンバー』　了

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あとがき

担当マスター：桂木京介
ファンレターはマスターページから！

　ご参加ありがとうございました！　桂木京介です。

　このタイトル『はじまりのセプテンバー』は、それほど深く考えてつけたものではなかったのですが、『はじまり』を意識したアクションをお寄せ下さる方が多くて驚いています。ありがたいことです。
　色々なお話が入り交じる展開となりましたが、いかがだったでしょうか？
　時間軸はほぼ直線になるよう組みましたが、一部前後しているところもありますのでご了承下さい。

　それではご意見ご感想、今後のご希望など、ファンレターをお待ち申し上げております。
　桂木京介でした！

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