はじまりのセプテンバー｜リアクション

はじまりのセプテンバー

　青い空から突然、槍のように鋭い稲妻が落ちた。
　稲妻が貫いたもの、それは鬼河内萌の胸だ！
　といってもイメージの話なので実際に感電したわけではない。
　けれどもそれくらいのショックだったのだ。ええっ、と両手を頬にあてた姿勢で、一時停止ボタンを押されたみたいに萌は立ち尽くしている。萌とその周辺半径五十センチくらいは、ノイズ混じりの白黒映像になっていると思ってほしい。
　ああ無情、青天の霹靂とはまさにこのことだ。
　ドアの貼り紙はチラシの裏で、大急ぎで書いたような文言は『店主急病のため臨時休業中』であった。いつ営業再開になるとか、そんな情報は一切ない。
　カレー大好きカレー原人萌の、主食はもっぱら牛肉も人参も入っているような日本型『カレーライス』なのだけれど、それでも彼女は始祖というか源流、インドカレーに対するリスペクトも忘れてはいない。そんなこんなで本日も、
「大学でインカレサークルに入るつもりなら予習は必要だよねっ☆」　
　と野菜原ユウを誘って訪れていたのだ、インドカレー店『ザ・グレート・タージ・マハル』を。
　すでに新学期だが午後の授業が開始となるのは来週からゆえ、本日はちょっといいランチという体である。なお萌は『ランチ兼デート』と希望交じりの認識をしているが、ユウの認識のほうはいかばかりか。
　それにしても、いまの店のたたずまいたるや、まるで魂が失せたようじゃないか。
　店は小さいが清潔だった。入口脇にごじゃっとならぶ謎の木像もいい雰囲気をかもしだしていた。開いているときはいつも店から、楽しげなインド映画のサントラ音楽と、スパイシーな香辛料の香りが流れだしていたものだ。
　しかし現在、真昼のこの時間帯なのにそれがない。木像はしまい込まれ、楽しいダンスミュージックも芳醇なスパイスの香りもない。ゴーストタウンに足を踏み入れたような気持ちになる。
「タイミングが悪かったみてーだな」
　ユウはタハハと苦笑いした。
「それはそうと鬼河内、なんで大学生活の予習がカレー屋になるん？」
　とも彼は言ったのだが、萌のほうは全然聞いていなかった。（賢明な読者諸氏はすでに、萌が『インカレサークル』を『インドカレーサークル』と勘違いしていることにお気づきであろう）
「店主一人で頑張っていたから過労で倒れたのかなぁ？」
　萌は店長のアーナンド･ハイイドのことを思いだしている。アーナンドはいつも単身で店を切り盛りしていた。夜にはシーサイドタウンのほうで、カレーとはまったく関係のない別の飲食店を経営していると聞いたこともあった。
「まあ俺もここのカレーとナン好きだったからなぁ……おっちゃんの具合がちっとばかり心配だよ」
　ユウのつぶやきが萌の心にスイッチを入れた。
「そうだ！　お見舞い行こう！」
　うぉい！　とユウは跳び上がりそうな顔をして、
「いきなり大声出すなよ、びびるじゃん」
「だから行こうよ、お見舞い！　ユウくんも気になるでしょ？　アーナンドさんのこと。ね？　ね？」
「いやまー気にはなるけどよ、まだ入院しているかどうかすらわかんねーってのに……」
「大丈夫！　MMRの調査力を甘く見ちゃいけないよ。すぐにアーナンドさんの居所なんて突き止めてみせるって♪」
「調査って、どうやって？」
　と言うユウ、それに萌の目の前を、アーナンドの五歳になる可愛らしい娘が、ちょこちょこと横切っていった。左右の手で双子の弟たちの手を引き、肩に大きめのスポーツバッグを担いでいる。
「待てば海路のヒヨリあり☆　直撃取材のチャンス到来っ！」
　ねえ待ってー、と萌は娘に駆け寄っていく。
「一秒も待ってなかったじゃねーか」
　いつも出たとこ勝負だよなー鬼河内って……と、呆れたような口調ながらも、笑いながらユウは萌に続くのだった。

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