何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！｜リアクション

何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！

　９月の太陽は、８月のそれほどギラギラとしていない。
　少し穏やかになってきた陽射しを肌で感じながら、青山絢は、早朝の街を歩いていた。
　向かう先は、シーサイドタウンに位置する撮影スタジオだ。
　絢はこの春から、女子中高生向けのファッション誌『Cutie Kitty』の読者モデルをしている。
　今日の予定は、まず、来月発売される１１月号の、冬物特集の撮影だ。
　そちらは、午前中いっぱいを使って、スタジオ内で行われる。
　そして午後からは、旧市街、シーサイドタウン、星が丘を巡って、秋物コーデの撮影。
　こちらは、公式サイトに掲載される予定だ。
　私服を持ち込んで、自分でコーディネートをすることになっていた。
　ずしりとした荷物――家からかき集めてきた私服が詰まっている――の重みは、絢の胸に、
（あのコーデで大丈夫かな……）
　なんて、もやもやとした心配を運んだ。
　けれど、今更悩んでも仕方がない。
　絢は、強いてさくさくとした足取りで、撮影スタジオに入った。

※

「うんうん！　絢ちゃん、すっごくいいよ！　その調子！」
　カメラマンの陽気な声は、疲れ気味のモデルを鼓舞するために幾らか大げさになっている。
　それを絢は感じ取っていたが、それでもなお、その声には背筋をぴしりと伸ばさせるパワーがあった。
　さすがプロだな、なんて思えば、余計に気が引き締まる。
　午後には街で私服コーデの撮影があるということもあって、撮影はとても慌ただしかった。
　あれやこれやと飛ぶ指示に勿論疲れはするが、表情にはそれを出さない。
　春、夏、と読者モデルの役目をしっかりこなしてきた絢だ。
　そういう心構えはあるし、やるからには、という、ある種の矜持もあった。
「はい！　絢ちゃんバッチシ！　ちょっと休憩入れまーす！」
　笑顔のまま何度目かの波を乗り切って、絢は密かに、ほうと息を吐く。
　そうして、ふと気づいた。
（喉、カラカラだわ）
　カメラを向けられている時はそれどころではなかったが、自覚してしまえば、渇きは何とも御しがたかった。
　スタジオの廊下に、自動販売機があったのを思い出す。
　スタッフに声をかけてから、絢は、廊下へと続くドアを開けた。

※

「……え？」
　声を漏らし、瞳を、３度瞬く。
　気付けば絢は、雪が吹き荒ぶ中に立っていた。
　足元も、雪に埋もれている。
　撮影のために冬服を着ているのに、凍えて震えがくるほどの寒さだった。
「な、何？　どうなってるの？」
　今しがた潜ったばかりのドアの方を、振り返る。
　けれどそこに、ドアはなかった。
　ただただ、どこまでも続く雪原が見渡せるのみ。
「何で……」
　寒さのせいだけでなく、自分の顔が青ざめるのがわかる。
　こんなふうにして自分が行方知れずになったら、撮影はどうなってしまうのか。いや、それ以前に、
（このまま戻れなかったら、じきに動けなくなる……。こんなところで死にたくない！）
　胸の内に叫んだ、その時だった。

　――ごめんなさいね、人の子。

　と、脳裏に、深みのある、妖艶な声が響いたのは。

　――貴女があんまり綺麗だったから、もっと近くで見てみたくなったの。
　――だけど、あなたが輝くのはここではなくて、あの光の中なのね。

　雪を含んだ嵐が、激しくなる。
　けれど、不思議ともう、寒さは感じなかった。
　そして、視界が白に染まっていく中で、絢は見た。
　氷や雪から生まれたみたいな美しい竜が、青い目で真っ直ぐに自分を捉えているのを。

※

　スタジオの廊下は、冬服を身に纏った絢には、蒸し暑かった。
　雪の気配は、もう、どこにもない。
　それでも絢は、あの氷の竜の声を、確かに覚えていた。