何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！｜リアクション

何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！

　秋色の着物を身に纏って、御巫時子は寮を出た。
　日傘を傾けて覗いた空は、心まで晴れ晴れとするような、いいお天気。
「お散歩日和ですね……」
　知らず、口元に笑みが浮かぶ。
（８月より、少し涼しくなったでしょうか？）
　道端の花に咲く花も、秋の色。
　幼子のようにあそこへここへと秋を探す時子だが、
（あ……、）
　コンビニエンスストアの前を通りかかれば、ついつい、ガラスの向こう側を見遣ってしまう。
　五十嵐尚輝先生の姿が、そこにないかと思って。
　と、その時だ。
「――あれ？　御巫さん？」
　呼ぶ声に、ハッと顔を上げる。
　五十嵐先生が、すぐ近くに立っていた。
「こんなところで奇遇ですね。コンビニに用事ですか？」
「その。用事、というか……」
　少し、言葉選びに悩む。
　コンビニエンスストアを見留めたら、つい目前の人の姿を探してしまう。
　それを、用事と呼んでいいものか、否か。
　答えが出るよりも早くに、五十嵐先生が言った。
「僕は、カップ麺を買いに来たんです。ここ、安売りのワゴンがあるので」
　宝探しです、と五十嵐先生。
「宝探し、ですか……」
「はい。御巫さんもどうですか？　お菓子なんかもありますよ」
　そんなふうに誘われて、「でしたら、是非」と時子は頷いた。
　本当はお菓子ではなくて、目の前の人と共に過ごす時間に惹かれたのだけれど。
　かくして、２人はガラス製の自動ドアを潜った。

※

　店内に足を踏み入れた途端、ひやりとした空気に包まれる……ということは、起こらなかった。
　ぱちぱちと、瞳を瞬く。
　そこは、見知らぬ場所だった。
　夕焼け空が、どこまでもどこまでも広がっている。
　緩やかに流れ行く雲、足元に揺れるススキ。
　赤蜻蛉が、ついついと宙を泳いでいる。
　五十嵐先生のぼさぼさ頭から小鳥が顔を出して、チチチ……と鳴いた。
「……白昼夢、というやつでしょうか」
　五十嵐先生がぽそりと呟く。
「少し、徹夜が続きすぎたかな……。すみません御巫さん、巻き込んでしまって」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「それか……御巫さんに会ったのも、夢、だったとか」
　それは違うと伝えたかったけれど、証明のしようがない。
　時子が軽く眉を下げた、その瞬間。
　ふっと、牛乳みたいに濃い白の霧が、辺りをひたひたと満たした。
「あ……」
　傍らの人の姿が見えなくなる、その刹那。
　五十嵐先生の手が、時子の手をぎゅっと掴んだ。

※

　次に気付くと、時子と五十嵐先生はコンビニエンスストアの中に立っていた。
　ひんやりとした空気の中、強く握られた手だけが、じわりと温かい。
「……あ、すみません」
　温もりが、パッと離れた。
「その、ええと、夢を見まして。白昼夢です。だから――」
　必死に弁明しようとする五十嵐先生へと、
「大丈夫です」
　と、時子は微笑んでみせる。

「私も、同じ夢を見ました。夕暮れ時のススキ野原の」
　五十嵐先生の唇から、細く、息が漏れた。
「そう、でしたか。だったら、あの……霧が出たでしょう？　逸れてしまうかと、思ったんです」
「はい、わかっています。ありがとうございますね、尚輝先生……」
　にこり、口元に笑みを湛える。
　手に残る彼の手の温度、時子と逸れまいと掴まれた手の、くっきりとした感触。
　それらが、何とも言えず時子の胸を膨らませた。
「――そういえば、ワゴンセールがお目当てでしたよね」
「へ？　あ、はい……」
「一緒に見に行きましょう、尚輝先生」
　おすすめがあれば教えてくださいね、と、時子はふんわりと笑顔の花を咲かせた。