何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！｜リアクション

何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！

　万条幸次は、愛猫の花遊をキャリーケースに入れて、旧市街のアパートを出た。
　寝子島駅まで歩いて、そこから電車に乗るつもりだ。
　降りるのは、シーサイドタウン駅。
　駅周辺に位置するペットショップに行く予定でいる。
　その店は品揃えが豊富で、トリミングサービスも行っている、幸次（と花遊）の馴染みの店なのだった。
　そういう次第で寝子島駅を目指している途中、幸次は、ふと足を止めた。
「あ、猫発見」
　無類の猫好きたる幸次である。
　道沿いに設置されたベンチの下に愛らしい姿がちらと覗けば、放ってはおけなかった。
　キャリーケースを傍に置き、刺激しないように、そうっとベンチの下を覗き込む。
　途端、“それ”と目が合った。
　影に溶けるような闇色をした猫の、妙に鋭い、真っ赤な目。
　2つの赤が真っ直ぐに幸次を捉えて、

　――見つけた。

　背筋がぞわりとするような声が頭に響き、闇色猫が、にたりと笑った。
　脳内に、警報が、けたたましく鳴り響く。
　がばとキャリーケースの持ち手を掴んで立ち上がり、
「っ、行くよ、花遊」
　幸次は、寝子島駅の方角へと駆け出した。
　振り向かずとも、背後に、あの闇色猫の気配を感じる。
　よくよく知った道のはずなのに、気付けば、迷路のような路地に入り込んでいた。
　人通りはない。幸次以外の人間の姿が、たったの一人も見当たらない。
（どうする？　どうしよう？　せめて、花遊だけでも逃がしてやらないと……）
　足を止めてしゃがみ込み、キャリーケースのドアを素早く開ける。
　振り返れば、ぶわりと膨れ上がった闇色猫の姿が、今にも幸次を覆い尽くそうとしていた。
「花遊、逃げろ！」
　声の限りに、叫ぶ。
　禍々しい闇に目が眩む。覆い被さる闇が、ねっとりとして幸次の呼吸を奪った。
　意識を失いそうになった、その刹那。

　――幸次に、手を出すな！

　闇色猫のものとは異なる声が、光が射し込むみたいに幸次の頭の中に響く。
　薄れ行く意識の中、心を浮き立たせるような明るい光の塊が、闇色猫へと向かっていくのが見えた。

※

　ざらざらとしたものが、頬に何度も触れている。
　その感触に、幸次は、ハッと目を覚ました。
　がばり、身を起こす。
　場所は、人通りのない裏路地。
　けれどその道を幸次は知っていたし、少し離れたところから、人の営みの音がちゃんと聞こえている。
　ざらざらは、花遊がその舌で、繰り返し繰り返し幸次の頬を舐めていたらしかった。
「花遊……良かった、無事だったんだね」
　応じるように花遊が鳴く。
　よしよしと撫でてやれば、
「……あ、」
　小さな光が、花遊の身体からふわんふわんと立ち昇って、すぐに街の空気に溶け消えた。
「さっき俺を助けてくれたのって、もしかして……」
　声を零すも、花遊は素知らぬ顔で、もっと撫でろと頭をぐいぐい擦り寄せてくる。
　花遊は、幸次にとってはかけがえのない、けれど普通の猫だ。
（だけどこの島には、不思議がたくさん溢れてるから……）
　その不思議のどれか一つが、花遊に僅かの間だけ力を貸す。
　……なんてことも、もしかしたら、あり得なくもないのかもしれない。
　本当のところは謎だ。だけど、とにかく、