今宵の月も｜リアクション

今宵の月も

──今宵の月も

　月が中天に達した頃、寝子ヶ浜海岸でのお月見大宴会はお開きとなる。
　地元住民たちの手早い後片付けを手伝ったあと、真瞭は宴の後な海岸を少し離れた堤防の上からぼんやりと眺めてみる。
　たくさんお酒を飲んでたくさん笑った。お酒を飲んでこんなに楽しく心から笑えたのはいつぶりだろう。
　そう思えば、自然と鞄の底のスマートフォンに手が伸びた。月より眩しく輝く画面を見下ろし、親友の電話番号をタップする。
(りさちん、私、楽団辞めちゃった！)
　心の中で親友に掛けた言葉は、思いがけず明るかった。

　どこかさっぱりした表情で誰かに電話を掛けているヴァイオリン奏者の女性にひらひらと手を振り、蒼は隣を歩く紫の肘に抱きつく。
「お姉ちゃん」
　月の海岸をゆっくりとした歩調で歩く浴衣姿の姉がとても絵になっていて、お姉ちゃん大好きな妹はなんとなし嬉しくなる。くすくすと幸せな笑みまで零してしまう。
「どうしたの、蒼」
「ううん、何でも」
　宴のあとの海岸は、さっきまでの喧噪が嘘のように静まり返っている。それぞれに歩いて帰路につく人々は、誰もが月の光と宴の名残を惜しむかのように口を閉ざし、時折立ち止まっては満月を仰ぐ。
「もうちょっとだけ、ここに居たいな」
「そうね」
　わがままを口にしても、姉はそれをわがままとは取らなかった。
「少し歩きましょうか」
「お姉ちゃん、だーい好き」
「大袈裟ね」
　寄り添い合い、支え合うようにしてふたりは夜の海岸を歩く。波音と潮風が流れる海岸は、月の光に照らされ夢のように明るかった。
「まるでお姉ちゃんみたいに綺麗」
　夢見る少女の瞳で妹が笑う。
「月の光のように、優しく包んでくれるし」
　愛を囁く詩じみた妹の言葉に、紫はちょっと困る。恥ずかしくて赤くなってしまう頬を誤魔化し、月を仰ぐ。
「蒼、身体冷えていない？」
「平気、お姉ちゃんと一緒だもん」
「……そう」
　明るく笑って寄り添ってくる妹の身体の方が温かくて、紫は小さく笑った。あったかい妹の手と手を繋ぎ、姉妹は月を眺めながら家路につく。

　片付けを最後まで手伝ったお礼にと貰ったお菓子いっぱいの袋を提げて、ののこはスキップを踏んでしまうくらいにご機嫌だ。
「英二くんもいっぱい貰ったね！」
「うん、たくさん貰っちゃったね」
　英二の足取りも軽い。それはお菓子をたくさん貰ったお陰もちょっとはあるけれど、大部分はたぶん、『風流』を満喫した満足感によるもの。
　揚々とした足取りで、ふたりは桜花寮への帰路を辿り始める。

　同じ道を、同じ桜花寮生のふたりが先に歩いている。
　だから大丈夫、と微笑むあおいの隣に修は並ぶ。たとえ知り合いが先を歩いてはいても、夜道は夜道。夜に女性を一人で帰してしまう選択肢を修は持たない。
「ちゃんと寮まで送りたいんだ」
　寮から海岸まで歩いて来たというあおいを気遣い、修は願う。車を拾うことも考えたが、それは逆にあおいに気を遣わせてしまうかもしれないと思いとどまる。
「こんな日の夜は特に、解放感があるだけに危険だしね」
　重ねて言えば、あおいはくすりと笑った。
「心配性ね」
「誰でも送るわけじゃないさ」
　海岸の傍の駐輪場に停めていた自転車を取りに寄ってから、修はあおいと並んで桜花寮の道を辿る。満月の夜はいつもよりも明るいけれど、明るいからこそ危険でもある。万が一彼女に何かあっては、悔やんでも悔やみきれない。
「送らせてくれて有難う」
「こちらこそ」
　穏やかに笑み交わしながら歩いて行けば、あおいの起居する寮まではあっという間。
　白い月に照らし出された桜花寮を前に、修はふと足を止めた。
「月も名残惜しかったらしいよ」
　見上げる視線の先には、お月見の夜を惜しむかのように浮かび続ける月がある。
「俺達に着いて来た」
　ほら、と指し示す修の指の先、寮の近くに顔を覗かせた月が居る。
「お月さまと修君に送ってもらっちゃったね」
　ふわりと微笑むあおいの笑顔に束の間見惚れ、修は頬を緩めた。
　月影にすだく虫の音を耳にしながら、月の美しさを、それに照らされる愛しいひとをただただ、想う──

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あとがき

担当マスター：阿瀬春
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　お待たせいたしました。満月の夜のひととき、お届けにあがりました。
　みなさまの色んなお月見が拝見できまして、描くことができまして、しあわせでした……！　みなさまの物語、とても楽しく紡がせて頂きました。ありがとうございます。

　ご参加くださいまして、お読みくださいましてありがとうございました。
　またいつか、お会い出来ましたら幸いです。

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