今宵の月も｜リアクション

今宵の月も

　ぱちりと瞬く。月の光が眩しかった。
　月明りを白く反射するテーブルが目について、白真白は左右で色の違う瞳をもう一度しばたたく。
(これは……)
　お尻の下に柔らかなクッションの感覚があって、だから椅子に掛けているのだと思い至った途端、向かい合って座る誰かの存在に気が付いた。
(どういう状況？)
　月明りに目を凝らすも、向かいに座った誰かの姿は夜陰に紛れてよく見えない。
　テーブルをぐるりと包み込む白薔薇の茂みを見渡した途端、不意に知る。相手と勝負をしない限り、この月夜からは逃れられない。
(でも、勝負って……？)
　身動ぎしない相手の動向を気にかけつつ、テーブルの上に視線を走らせる。白いテーブルの上に広げられているのは、真白が今一番力を入れて遊んでいるトレーディングカードゲームのプレイマットだった。
(なるほど)
　つまり、と何故だか纏っていた白いドレスの豊かな胸元に指先を差し入れる。おっきなおっぱいの谷間から取り出すは、自分用に組み上げたカードデッキ。
「……こういうことだね！」
　どうしてここに座っていたのかも、相手が誰なのかもまるきりわからないけれど、ここまでお膳立てされているとあっては、カードゲーマーとしては勝負するしかない。
「さぁ、行くよ！」
　明るく高らかに宣戦布告すれば、向かいの人影は短く笑ったようだった。テーブルの上に出した手の中には、いつの間にかカードの束が包まれている。
　よくシャッフルしたデッキを指定の場所に裏向きに置く。そこから数枚を引いて手札としたところで、
「ジャンケンでいい？」
　先攻後攻を決める。真白の言葉に人影は無言のままに頷いた。向かい合ってジャンケンをしながら、真白は月の光の色した髪を揺らして無邪気に笑う。
「これも勝負のうちに入るのかな？」
　首を捻った人影がチョキで、真白がグー。ジャンケン勝負がついても周囲に変化は現れず、真白は胸を撫で下ろす。だって折角のカードゲームの機会がこんなことで失われてしまうのはいかにももったいない。
「勝負はこれからだもんね」
　真白の言葉に、人影は大きく頷いた。
　先攻の手を得ての序盤、けれど真白は自分からは動かない。癖の分からぬ相手の動きを止める方向へとゲームを進める。
(私のデッキも最初からガンガン攻めていくようなタイプじゃないしね)
　相手の攻撃や動きを邪魔しつつ、隙を縫って自分の技の準備を組み上げてゆく。対戦を始めてみれば、相手は淡々と着実に確実に戦果を重ねるタイプらしかった。
　互角に勝負を進めながら、真白は小さく唇を尖らせる。
(こっちの準備も大体整ったけど)
　そろそろ相手の攻撃に耐えるのも限界が近い。
(さぁ、そろそろ……)
　プレイマットの世界に組み上げたカードを一眺めする。手元に持ったキーカードを進ませることが出来れば、コンボが決まる。相手に大打撃を食らわせることが出来る。
(けど)
　相手の手元をちらりと見遣る。今までのゲームの進め方からして、相手にはこちらの手を止めるカードを持っていそうな感じがする。
　水際で競り合ってはいるものの、確実に攻め入られてきている今、ここで勝負の一手を止められるのは痛い。
(でも)
　持っているように見せかけるのも作戦のひとつ。もし相手が対抗手段を持っていればこちらの負け、持っていなければこちらの勝ち。
(もう少し耐えて相手の隙を狙う？)
　視線を相手に読まれることを嫌い、瞼を伏せる。
(それとも今動く？)
　しばらくの沈黙の後、真白は瞼を上げた。真直ぐに相手を見据えて、強気に微笑む。
(よし、ここが大一番)
　相手の表情は相変わらず夜陰に呑まれて見えないけれど、進むも止まるも、結局は自分の腹次第。
(行くしかないね)
　手にしたカードを相手に向けて掲げる。
「このキーカードが通ればロック完成！」
　朗らかに宣言し、所定の位置にカードを置く。上目遣いに相手を見て笑いかける。
「さぁ、何か対応はあるかな？」
　問えば、相手は手元のカードに目を落とした。祈るような仕草でデッキから最後の一枚を引き、そうして天を仰ぐ。
　いつしか叢雲に隠れていた月が現れ、光のカーテンをテーブルに降らせた。勝負の土壇場、夜陰に紛れていた相手が光に晒され、真白は瞳を細めた。
　そこに居たのは、鏡で写し取ったような自分自身。
「あーあ、負けちゃった」
　打つ手の無さを暴露し負けを宣言して、真白の相手をしていた真白は、真白と同じ顔で鮮やかに笑った。
「でも、楽しかった。ありがとね！」
　自分と同じ顔で笑う相手に、真白はどこまでも明るく屈託なく笑いかえす。
「こっちこそ、ありがとね！」

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今宵の月も

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