今宵の月も｜リアクション

今宵の月も

──月下の決闘

　濃紺の空に真っ白なお月さまが浮かんでいる。
　ひとりで空を見上げて恵御納夏朝が思うのは、
(夏夜ちゃんと一緒に、楽しみたかったな……)
　自分の身にもうひとり分宿る人格、夏夜のこと。身体がひとり分しかないために、片方の人格が起きているときはもう片方の人格は眠っていなければならない。交換日記で心を通わせることは出来ても、たとえばふたり肩を並べてお月見をすることはできない。
　小さな息を吐いて、ふと気が付いた。
(……あれ、)
　見上げた月はいつもと同じであるのに、立っているのは見知らぬ森の中。それに、隣で肩を並べて立っているのは、
「夏夜ちゃん！？」
　自分と同じ焦げ茶の髪と瞳、顔かたちも体つきも全部ぜんぶおんなじ、双子の姉妹のような──自分の別人格である、夏夜。
「やあ、夏朝」
　並び立てるはずのない夏朝と並び立ち、夏夜は静かに微笑む。何が原因かと考えて、すぐに思いつくのは『神魂』の二文字。
「夏夜ちゃんと決闘しないと出れない、んだね……」
「……みたいだね」
　月夜の森を眺めやり、ふたりは顔を見合わせる。
　楽し気に笑い始めたのは、どちらが先だっただろう。
「決闘……頑張るよ！」
「負けないよ……！」
　夏朝が拳をぎゅっと握り、夏夜が大きく頷く。そのふたりの背後に、不意にぴかぴかきらーん！　とネオンサインが輝いた。驚いて振り返ったふたりが見たのは、ネオン輝く歌合戦の舞台とやんやの喝采を送る二足歩行の猫に犬に狸に狐に兎たち。もふもふの観客たちにまだかまだかと視線を向けられ、ふたりは慌てて舞台に立った。
　司会の茶トラ猫にマイクを渡され、動物オーケストラの演奏をバックに夏朝がまず歌う。次に夏夜。ポップにバラードにロック、交互に色々歌った後には、ふたりで並んでデュエットも。

　動きもぴったりシンクロさせて歌うふたりに、観客席のもふもふ動物たちは拍手喝采。
「歌がよく被っちゃったけど気にしない！」
「……いや、夏朝が歌える分は僕も歌えるからね？」
　両手を振って観客に応える夏朝に、夏夜は笑った。
　審査員席の動物たちが夏朝と夏夜のイラストを描いたパネルを掲げる。ほんの一枚の差で、歌合戦は夏朝の勝利。
「やった！」
「おめでとう、夏朝」
　両手を叩いて喜ぶ夏朝と拍手して祝福する夏夜の後ろでは、次なる勝負のために動物スタッフたちがテーブルと椅子を並べている。さあさあどうぞと席に案内されたふたりの前には、果物いっぱいのタルトに苺のホールケーキ、プリンパフェにフルーツパフェにバナナチョコサンデーに、これでもかとばかりのスイーツ！
　大食い勝負という名の食べ放題に取り掛かるふたりの周りでは、さっきまで観客役をしていた動物たちがそれぞれに合わせたご馳走を楽しんでいる。月の光をきらきら浴びて、白うさぎたちがよいしょよいしょと餅つきをしている。
　腹八分目でごちそうさまをする夏朝の隣、夏夜がひょいと小さなお饅頭をつまんでぱくり。
「あっ、ずるいー！」
「まぁ、ずるくはあるけど……最後まで気を抜いちゃ駄目だよ、夏朝」
　くすりと笑う夏夜の作戦勝ちで、ふたりの決闘は一勝一敗。
　どうしようかと顔を見合わせるふたりが動物たちに連れられやってきたのは、竹林の中に佇む日本旅館。立派な門をくぐった先の玄関でうさぎの仲居に迎え入れられ、あれよあれよという間に月夜の露天温泉に通された。
　どうしてお風呂に入っているのだろうとふたりで首を傾げあった後、浴衣に着替えたふたりを待ち受けていたのは、大きな窓からまん丸お月さまがよく見える畳敷きの大部屋。何百畳もの広さに渡って敷き詰められたお布団の上で始まるは、
「まくら投げ大合戦だー！」
　きゃあきゃあと笑ってはしゃいで枕投げを楽しむ夏朝と夏夜の周りでも、さっきまで観客や審査員をしていた動物たちが枕投げをしたりでんぐり返しをしたり。端っこの方で丸くなって寝ている仔猫たちまでいる。
　白熱の枕投げ大合戦の勝敗はつかぬまま、ふたりは息を切らして並んで布団の上に引っ繰り返る。
「楽しかったね、夏夜ちゃん」
「うん、楽しかった」
　額を合わせるようにしてくすくすと笑み交わすうち、揃って瞼が重くなる。眠りの海へと引き込まれながら、夏朝は幸せに笑った。
(一時だけでも……)
　いまこのときだけでも十分に楽しくはあったけれど、でも、本当は。できれば、ずっとふたりで生きてゆきたい。ひとり分の身体にふたりの人格ではなく、ふたり分の身体にそれぞれの人格として並び立つことができれば、──その願いをいつか叶えることが出来たなら。
(そうしたら、いつでも……！)
　強い望みを胸に、夏朝は花のように微笑んだ。
「おやすみ……また、遊ぼうね」

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今宵の月も

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