「うっわー…壮観…寝子島中の猫とはいかねーかもだけど、ここら一帯の猫が集まってんじゃね？
　美咲紀の『ねこったー』を見て手伝いにやって来た桜井 ラッセルが、修を見つけて声を掛けてきた。
「八神までいるとか意外。どんな風の吹き回しだよ？」
　修がカメラを軽く上げてラッセルに応える。
「友人と猫の写真を撮りに来たんだ」
　ラッセルはあたりを見回した。離れた所で、環と猫じゃらしで遊んでいる三毛猫の模様を確認していた美咲紀を見つけて大きく手を振る。
「椿、来てみたぞー。協力すっから見つけたら撮れよ？」
　向こうから、美咲紀も笑顔で手を振り返した。
　さて、どう見つけたものか…と考えていると、見覚えのある猫がいる。
「やっほ～。トラも来てたのかよ」
　トラと呼ばれた猫がラッセルに気がついてやって来る。トラはラッセルの祖父母の海の家で飼ってる子猫だ。
　ラッセルは、トラの小さな身体を抱き上げて話し掛ける。
「なぁ、幸運の猫しらねーか？」
　トラは、にゃあと鳴いて、ラッセルの金色のみつあみに猫パンチをした。
「しらねーよなぁ」
　ラッセルがトラを下ろして顔を上げると、丁度、宝くじを握り締めた利平が空き地に駆け込んで来るところだった。
「錦鯉模様の猫はここか！？」
　利平と目のあった者達は一様に首を横に振った。
「そうか…俺のジャンボ…いや、ドリーム…」
　利平は膝から崩れ落ち地面に手をついた。小学生からお年寄り、勿論寝子高生にも手当たり次第に目撃情報を聞き込み、あちこちを回ってようやくここに来たのだ。他にどこを探せというのか。

　そんな利平に興味を示さず、夢中で猫を撮っていた夏朝の横に２匹の三毛猫が現れた。
　背中を見れば、噂通りの錦鯉模様と破れたハート模様に見える。
　猫を驚かせないよう、夏朝は優しく話し掛けた。
「こんにちは、猫さん。可愛いお姿、撮らせてね」
　そっと携帯カメラを向けてシャッターを押した。
「あれ？」
　直前で、破れたハート模様の猫が錦鯉模様の猫の後ろに回ってきた為、破れたハート模様がばっちり撮れてしまった。画像を確認してみると、やっぱり破れたハートだけちゃんと写っている。
「可愛い。葉っぱが２つあるみたい…双葉ちゃん、かな」
　夏朝は、撮れた画像を見て微笑んだ。噂を知らないわけではないが、不幸になるなんて猫のせいではないと思っているので、気にするつもりはない。
　猫達は夏朝の前を通り過ぎる。
「あ、噂のねこさん達だ」
　見つけた茉菜が、カメラを構えた。
「どこ！？」
　茉菜の言葉を聴いた美咲紀がこちらへ辿り着く前に、三毛猫達は空き地を出ようとする。
「待て！　俺のドリーム、この拳で掴み取ってやるぜ！」
　利平が全力で拳を握り込み、ろっこん『にぎりっぺ』を使うと、利平の体を覆う空気がみるみる拳に集約されていく。
「喰らえ！　必殺、シラスエクスプロージョン！！」
　決め台詞とともに利平が手を開くと、あたりに濃厚なシラスの匂いが広がった。
「なんだこれ！？」
　ラッセルの言葉に、利平が自慢気に答えた。
「説明しよう！　俺の服に染み付いたシラスの匂いを濃縮し、猫を引き寄せるのだ！」
　確かに猫は集まってきた。利平の隣にいた修の周りに。
「ぅ、うわあ！」
　猫達が一斉に、甘えた様子で修に登り始める。たちまち修は猫で覆われてしまった。
「……八神、大モテだな。生きてっか～？」
　ラッセルが声を掛けると、猫の中から、大丈夫…とか聞こえたような気がする。
「よし、お前の犠牲は忘れない」
　ラッセルはぱんっと両手を合わせて合掌すると、携帯で手当たり次第に猫を撮る。
「こんだけ撮っておけば、１枚くらい目的の猫が写ってるだろ。椿、あとで探して添付して送ってやるよ」
　携帯を持って近くに来た美咲紀にそう言うと、美咲紀は驚いてラッセルを見る。
「でもラッセルさん、自分で撮らないと効果ないのよ？」
「まじかよ…。了解、見つけたら呼ぶわ」
「うん、お願いね」
　美咲紀にそうは言ったものの、なかなか見つからない。しびれを切らせたラッセルは、懐から金の鍵を取り出して強く握り締め、ろっこん『黄色いピヨコ』を発動させた。
　たちまちラッセルの身体は、金の鍵を首からぶら下げたまま、黄色いカナリアへと変化した。
　バサリと羽ばたき、空中から猫の背中をチェックする。
（見つけた！）
　ラッセルは、猫の真上でくるくると旋回する。
「そこか！」
　近くにいてすぐに気付いた利平が携帯カメラのシャッターを切る。
　パシャリ！
　確認すれば、見事な錦鯉模様の写真が撮れていた。
「よし！　これで幸運間違いなしだ！」
　そのまま猫の背に、手に持っている宝くじを貼り付けた。
「当たりますように、当たりますように！」
　念じるように呟いていると、宝くじは本当に猫の背に張り付いてしまった。
「なんだ？」
「ねぇ、ここにも錦鯉模様の猫がいるよー？」
　利平から離れた場所で、環が同じ模様の猫を指差した。
「ひょっとして、錦鯉模様の猫って１匹じゃないのかな？」
　そう言いながら環が新しく見つかった錦鯉模様猫の背を撫でると、ぺりんと模様が剥がれた。
「これって、シール…？」
　ざわつく周囲に、猫達にも不穏な空気が伝わる。

「もしかして、双葉ちゃんと一緒にいるのが本物かな？」
　夏朝が近くで見た錦鯉模様の猫は、模様のふさふさ具合からしてシールとはとても思えない。
　もう一度画像で確認しようと携帯を見た夏朝は、破れたハートに隠れてよく見えない錦鯉模様の毛並みをじっと見つめる。
　近くの枝で羽根を休めていたカナリア姿のラッセルは、それを聞いて今度は破れたハート模様の猫を探して飛び立った。
　上空から猫を探していたラッセルは、またもや錦鯉模様の猫を見つけた。念の為に知らせておこうと、美咲紀の頭上を掠め、猫の上で旋回する。
「そこなの？」
　美咲紀が三毛猫を確認し、携帯を構えたとたん、夏朝の近くの枝から飛び降りてきた猫が彼女の頭を踏み台にして、ラッセルに飛び掛かった。
　爪に引っ掛けられて地面に引き倒されたラッセルは、痛みをこらえながら自分を抑えている猫を睨み付けたが、逆にぎろりと睨み返された。洒落にならない殺気がラッセルの背筋を凍らせる。
（狩られる…っ！！）
「きゃー、猫さん食べちゃダメー！」
　美咲紀が慌てて駆け寄ると、猫はラッセルから離れ、待っていてくれた錦鯉模様の猫と共に空き地から駆け出した。
「待って、まだ撮れてないの！」
　美咲紀が思わず叫ぶと、釣られて他の猫達も集会所から逃げ出した。
「あっ、俺のドリームが！！」
　利平の宝くじを模様につけたまま、偽の錦鯉模様猫も駆け出した。利平が慌てて後を追う。
　猫を目当てに集まっていた者達も、猫を追って走り出す。
　あとに残されたのは、逃げなかった数匹の猫達と、彼らとのんびりと猫じゃらしで遊ぶ環、七輪の火の始末が終わらずに焦る誉、追いかけそびれた雪、ようやく猫から解放されて茉菜に助け起こされる修、そして、
「違う…猫さんのせいじゃない、僕の運が悪いだけ…！」
　破れたハート模様の猫に踏み台にされた時に携帯を落とし、打ち所が悪くて起動しなくなった携帯を手に涙目になっている夏朝だった。