さーさーさらさらさくさくさ。｜リアクション

さーさーさらさらさくさくさ。

◆弔いの雨、ぽつぽつと。

　『Raton』カウンター近く。
　落ち着いた店内に溶け込むように逆巻天野が壁に寄りかかっていた。
　シンプルな白いパーカーを羽織り、深くフードを被っている。
　わずかに覗く表情はしかめっ面で、考え込んでいるようにも見える。

「おー、本当に購買のプリンだ」

　そのすぐ隣を通り過ぎ、桜井ラッセルがショーケースに吸い寄せられていく。
　わずかに周りも視界に入っているようだが、逆巻には気がつかないようだ。

（へ～雰囲気もさることながらリーズナブル……大人買いしようかな）

　繊細な洋菓子を前にし目移りするラッセル。

「美味かったぜー」

　そのタイミングで真辺敬子が店を出ようと荒井に声をかけた。
　洋菓子に集中していたラッセルの耳にもその声は届き……、脳内で反芻する。
　なんとなく聞き覚えがあるような声だ。
　振り向き、横顔を垣間見て、納得する。

「なんだ、真辺きてたのか――ってなんで女装？」

　知り合いを見つけ、表情がパッと明るくなる。
　一方、真辺の表情は冴えない。

「ん？　何だ。ノブの知り合いか」

　学生が多い店だなと思っていたが、弟に間違われるとは。
　苦笑する真辺。
　そんなに外見、似てるのか。
　おおよそそのようなことを思いめぐらし、こっそりと苦笑する。
　気を持ち直し、手を軽く挙げた。
　
「弟が世話になってる。姉の真辺敬子だ」
「あ、え、姉！？　そっくりすぎだろ……いやいや違って、すんません敬子さん！」

　カラッとした挨拶にむしろ桜井が困惑。それでもとにかく謝罪をと慌てて頭を下げた。

「俺は真辺と同じ１－１の桜井ラッセルです。英語の授業の時はすっげ助かったしいい……和む友達だと思ってて。と、内密にして下さ」

　い。
　その音は彼女の手によって消されてしまう。

「そんな気にすんな。ま、宜しく頼む」

　真辺は一所懸命な彼を見て、軽やかな声を上げて笑い、ガシガシ桜井の髪を撫で回す。
　桜井は照れくさそうにしながらもなされるがままだ。
　意図せず頭の位置が低くなる。
　気がつく。

（あ、真辺とも友達の……）

　逆巻天野。
　フードを深くかぶっていること、珍しく洋服を着ていること。
　その二点が気がつくまでの時間を作ったのだろうことも咄嗟に悟った。
　
「逆巻！　奇遇だな。真辺も一緒だぞ」

　逆巻も巻き込んでやろう、とラッセルが声をかける。

「真辺、なんか女装の趣味があるらしくてさ」　

　逆巻は表情に乏しいままじーっと桜井の顔を見た。

（……今までのやり取り、見てたんだけどな）

　真辺と桜井は逆巻は反応を待っている。
　面倒くさそうに息を吐いてから、事実を告げた。

「今までの聞いてたけど？」

　桜井は羞恥でより朱に染まる。

「ぶ、」　

　真辺は堪えきれず笑い出してしまう。
　お腹をかかえ、涙をためて楽しげに楽しげに笑うものだから、バツが悪そうに桜井は話題を変えた。

「逆巻とこんなところで会うなんて意外だな。誰かへのプレゼント？」

　自分だけが恥ずかしい思いをするのが耐えられず、半分茶化すように質す。
――残りの半分は甘いものが苦手な逆巻に対する純粋な疑問。

「ああ、親友にお菓子を買いに来ただけだ。今はクッキーが焼けるのを待っている」

　逆巻は特にためらう仕草を見せず、さらりと答える。
　親友。
　彼は既に他界した親友への贈り物だと言う。
　桜井はほんの一瞬、言葉を失った。
　詰まる気持ちを、飲み込んで、あっけらかんと笑ってみせる。

「ああ。……きっと喜んでくれるんじゃね。頑張ってここに来たしな」
「……ああ」

　甘いものが苦手なんだ。言い訳するように真辺に桜井は告げる。
　真辺は気がついたのか気がつかないのか、ただふーんと納得したような顔をした。　