寝子島の休日｜リアクション

寝子島の休日

　　　５

　北里雅樹は人目も憚らず、大きな欠伸をした。
　受験生である彼は、今日も今日とて予備校で勉強に勤しんでいたのだが、調子が出ないので抜け出したのだった。
　海浜公園で一息ついて、さて図書館へ、とベンチから立ち上がろうとしたとき、妙な集団が目に入った。
「椎井、東門、お前ら何してるんだ？」
　莉鳥と巧だけならばまだしも、更に見たことがない少女が三人。
「両手に花、か？」
　からかうように尋ねると、涙目の巧が「ぎたざとざん゛……！！」と駆け寄ってきた。
「な、何だ、どうした？」
「お腹がずぎまじだあ……」
　巧の腹がぎゅうぎゅうとひっきりなしに鳴いている。奢ってやる余裕はないので、雅樹は屋台を指差した。
　ご飯ご飯、と巧は走っていく。朝から何も食べてないみたい、と莉鳥がフォローする。
「で？　これはどういう集まりなんだ？」
　莉鳥は、巧から聞いたままを話した。
　即ち、見ず知らずの女の子と猫巡りの観光に付き合っていること、わけの分からない男たちに追われたこと、面識のない少女ばかりに囲まれて閉口していること――これは私が加わって大分良くなったらしいけど、と付け加える。
「猫スポット巡りねえ……」
　確かに海浜公園は猫が多い。おやつをあげている観光客もちらほら見える。
　美野梨が猫の名前や、家族構成を教えている。よく見分けがつくな、と感心した。三毛猫と白い猫が姉妹だとは思わなかった。美野梨の話だと、三毛猫が親に代わって兄弟たちの面倒を見ているのだという。
　ソフィという少女は、しゃがみ込み、うっとりとした目つきで猫たちを眺めている。見ているだけで幸せらしい。
　その横で、心が警戒している。
　ふぅん、と気のない相槌を打った雅樹だが、頭の中では別のことを考えていた。

　──本土の大学へ進む俺は、来年にはもうこの島からいなくなる。そうなれば、椎井ともお別れだ。……分かり切ったことじゃないか。何を今更。

　頭をぶんぶんと振って、その考えを打ち消す。
　そう、今更だ。そんなことを考えても、答えが出るわけではない。

「……まぁ、頑張れよ。俺は、図書館へ行くか」
　――ら、と言いかけたときだった。
　がしゃんと何かが倒れる大きな音がした。
　その場にいた全員が、振り返る。
　ステーキ串を売っている屋台の天幕が、潰れていた。ポールも折れ曲がっており、店主が怒鳴っていた。
　そしてその前で。
「東門！」
　黒服の男に、巧が捕まっていた。
「事を荒立てるつもりはない」
「とっくに荒立ってるだろ！」
　雅樹は黒服を睨みつけた。
「これ以上は」
と、男が訂正する。「店主、壊した分と食材は後で弁償する」
　怒鳴っていた店主は、とたんに大人しくなった。
「だから、大人しく従いたまえ。君たちを傷つけるつもりもない。――ああ、お嬢さん方、写真は撮らないように。それが壊れても、弁償するつもりはない」
　我に返るやスマートフォンを取り出した観光客に、男は注意した。
　修理代を思い浮かべたのか、観光客は渋々とスマートフォンをしまう。
　その時、猫が一際高い声で鳴いた。
　別の黒服が、ソフィの腕を掴んでいた。
「耳を塞いで！」
　心が叫び、ソフィは咄嗟に両手を耳に当てた。
「お前はただの人間だお前はただの人間だお前はただの……」
　たちまち、黒服の力が抜ける。
　それを見た、巧を人質に取った男が愕然とする。
「何をした！？」
　巧を連れて近づこうとするが、びくともしない。【缶詰】が発動したのだ。当然ながら、男にはそれが分からない。
　戸惑う男の隙を見て、後ろに回った莉鳥が【スタンハンド】を放った。
「雅樹！」
「またかよ！？」
　男が崩れ落ち、巧が棒のように固まったまま、倒れそうになる。それを雅樹は抱きかかえた。
「逃げるぞ！」
　そのまま、雅樹は走り出し、ソフィたちも後に続いた。
　地面に、食べかけのステーキ串が落ちていた。