寝子島の休日｜リアクション

寝子島の休日

　　　３

　この日、虚栄心は行く当てもなく、ぶらぶら歩いていた。
　彼女のろっこんは、もれいびには通じない。観光客の多い寝子島においては、ターゲットは選び放題かと思いきや、ろっこんの存在を部外者に知られるわけにもいかない。
　故に、ろっこんを使うには、少人数の場で、且つ一般人の目撃者を残さない必要があった。
　魚市場を選んだのは、昼を過ぎればそれほど賑わっていないと踏んだからだ。
「……美人」
　新聞の小さな切り抜きを眺め、心は呟いた。
　それは、某国の王女が来日したという記事だった。何しに来たのか、その辺は読んでいないので分からない。写真の王女は、可憐で、美しかった。
「金髪で青い目ってだけでも、勝ち組なのに」
　その上、王女である。究極の勝ち組ではないか。
　
　――私も王女だったらいいのになー。

　そうしたら、みんなが頭下げて良い気分だろうに。
　そんなことを考え、ポケットに記事を突っ込んだとき、正面から何かが突っ込んできた。
　心は吹っ飛び、したたかに尻を打った。
「いたた……」
「だ、大丈夫！？」
と声をかける者があったが、それは心にではなく、ぶつかった相手にだった。
「大丈夫……ゴメンナサイ」
　心にぶつかったのは、二人だった。一人は外国人のようだ。――どこかで見たような、と心は思った。
「あっ！」
　もう一人の少女が叫び声を上げた。
　彼女の視線を追うと、黒いスーツを着た男がすぐ傍まで近づいてきていた。
「――何？」
　心が怪訝そうに尋ねると、少年が言った。
「この人、追われているらしいんです」
「追われている」――その一言で、ポケットの写真と目の前の少女が結びついた。

　――ソフィア王女！？

　すると、黒スーツの男は、王女の命を狙う悪党か何かだろうか？
　はっきりしたことは分からないが、これはチャンスだ、と心は思った。己の力を堂々とひけらかすための。
　にやり、と笑うと、心は大きく息を吸い、一気に喋った。
「お前はただの人間だお前はただの人間だお前はただの……」
　それはろっこん【人間惨禍】。
　男の足から力が抜け、その場に崩れ落ちる。男はわけが分からない、という顔をしていた。
　心が見下ろせば、ソフィア王女も立ち上がれないでいる。そうか、王女も「ひと」なのだと気づき、口元が緩む。
　王女は、ただの「ひと」だ。
「肩貸してあげなさいよ。男でしょ」
　どうやらもう一人の少女と少年は、もれいびらしい。ぽかんとしている少年に、心は命令した。
　少年は慌ててソフィア王女を立たせようとするが、力がないのでふらついてしまう。
　役立たず、と心は内心、舌打ちした。
　もう一人の少女が、反対側から手を伸ばす。
「行くわよ」
　心が先導し、タクシーに四人は乗り込んだ。
「何がなんだかよく分からないけど」
　助手席でシートベルトを締めながら、心は緩む口元を引き締めた。振り返り、
「私があなたを守るわ。安心して！」
　王女と行動すれば、その威光を笠に着ることが出来る――そう、彼女は考えたのだった。

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