潜入！夜の寝子島マリンパラダイス｜リアクション

潜入！夜の寝子島マリンパラダイス

　誰もが宿題に追われて参加したわけではなく、生き物が好きな八神修は、ゆったりと海中散歩を楽しむように穏やかな時間を楽しんでいた。
　昼間のように勢いよく泳ぐ魚も少なければ、水槽の中も眩いばかりに輝いていないけれど、だからこそ室内なのに夜だという実感があって、趣がある。
　体温を奪われる心配も酸素の残量も、何も気にすること無く夜の海でじっくり生き物を観察できることなんて、そうそうない。修はナイトツアーの企画に感謝しながら、水槽を覗き込んだ。
（生き物に夜を実感させるためか、照明が絞られてるな。まるで月光が差し込んでるみたいだ）
　きらきら、ゆらゆら。微睡みたくなる優しい光を浴びて、静かにたゆたう魚の鱗も煌めいている。もし歌を歌ったなら、物陰から人魚が一緒に歌ってくれそうな、そんな景色だ。
（まあ、人魚といってもジュゴンがモデルだって逸話もあるくらいだし、童話のような姿で視認されてたわけじゃないのかもしれないけど）
　子を抱いて水面に浮かんでいるように見えたとか、胸鰭が女性的なシルエットを連想させたとか、モデルになった理由は諸説あり興味深い。が、あまり夢のある話ではないので彼女には不向きかもしれない。
　この夜を、彼女はどう過ごしているだろう。宿題に追われているだろうか？　友達と電話で長話でもしているだろうか。そんな風に、七夜あおいのことばかり考えていると、彼女が水槽ごしに微笑む姿が見えた気がした。
　あおいもナイトツアーに参加していたのかと振り返ってみるが、反射で映り込みそうな場所にあおいの姿はない。けれど、水槽を覗き込めば確かにそこで笑っているのだ。
「……まさか、人魚？」

　水槽の向こう側で微笑む少女から、修は目が離せなくなった。だが、じっと見つめようにも、時折夜行性の魚たちが大群を作って、少女の姿をかき消してしまう。
　ぐっと水槽を食い入るように見つめ、修はあることに気づいた。今見ている水槽は円柱型。しかも、周囲は緩やかなスロープになっている。
「やっぱり、修くんだ。凄く真剣に見てたけど、どうしたの？」
「いや……キンメモドキってすごく透明だからさ」
「私もパネルで読んだよ。元気なほど透明で、弱ると赤くなっちゃうんだよね」
　透明な水槽の向こう側にあおいが立っていると思わず、人魚と間違えただなんて言えようか。修は笑って誤魔化しながら、あおいの持っているノートに目をとめた。
「俺は宿題を終わらせて来たけど、あおいは課題作成中？」
「私も一応終わってはいるんだけど、せっかくだから自由課題を水族館に変えようか迷ってて」
「配られた予定表のクイズなんか、参考になるんじゃないか？」
「アシカとアザラシの違い……？　言われてみれば、すぐに思いつかないかも」
「ここは、外の大きなプールと繋がっているから、見られるかわからないけれど……一緒に行ってみる？」
「うん！　どっちが早く気づくか、競争だよ！」
　競争と言われても、修はアシカは前足のヒレで泳ぎ、アザラシは後ろ足のヒレで泳ぐことを知っている。
　しかし、あおいがとても楽しみな顔をしているので、修はその場は何も知らないフリをし、二人でアシカたちのヒレが見えやすいドーム型水槽まで向かうことにした。