潜入！夜の寝子島マリンパラダイス｜リアクション

潜入！夜の寝子島マリンパラダイス

「やったー！　宿題終わりそうだよ」
　蒼は自信ありげに、今夜の成果を紫に見せた。題して『モデルになった生き物たち』だ。
　ゲームに出てきた、主に敵キャラクターのモデルになったであろう生き物たちの、自分で見つけた類似している点をあげつつ、水族館で見た飼育環境とスマホで調べた詳細などがまとめられ、モンスター図鑑を開く感覚で現実世界の生き物を知れるレポートだ。
「随分と蒼らしいレポートになったわね。なら、帰ったら見やすくなるよう並べ替えてみましょうか」
「うんうん、帰ったらね！　今日はもう、遊んでいいよね？」
「そうね、ここまで書き込んでいるなら……今日の宿題は、終わりで大丈夫そうね」
「やったぁ！　これで、お姉ちゃんがイルカに会いに行けるね」
　急がないとイルカも眠ってしまうと、紫の腕を引っ張るようにして蒼はイルカの水槽を目指した。

　イルカは、外の大きなプールから繋がった水槽で飼育されており、その深さもゆうに３階建ての建物は入るほどだ。ヒレの動きが見られるように一部はドーム状の水槽下をくぐったりすることもでき、昼間であれば縦横無尽に動き回る様子が見られただろう。
　二人が着いた時は、ちょうど夜の簡単な健康チェックを行っている最中だった。
　イルカのトレーナーたちがしっかりとチェックをしている横で、説明役を行うエリオットは海獣エリアのアシカとトドの担当だが、他の生き物の様子が全くわからないこともない。
　大きな水族館でも獣医は数多く在籍しておらず、こうして状態へ気を配ったり、簡単な健康チェックを行うのは飼育員の仕事の一部だ。
「イルカショーの時だけでなく、こうしたイルカたちへのサインは体調管理をするのにも役立っているんですよ」
　握手を求めるサインでヒレを見せてもらい、汚れを落としてあげるようになでて傷がないか確認したり。お腹を見せるように半回転のサインで、便秘じゃないか張り具合を確認したり。イルカにも協力をしてもらいながら、健康チェックは行われていく。
　朝には少しだけ血液をもらって病気の有無をチェックするということを聞いて、蒼はイルカの協力的な姿に感心していた。
「では、最後にイルカの全体をチェックしたいのですが、どなたかご協力をお願いできますか？」
　ショーではないため、声をかけられた人数が少なかったこともあり、紫は遠慮がちに手を上げた。
　普段であれば、子供に譲ってあげるべきだろうと考え、挙手すらしなかったかもしれない。
「では、そちらの黒のセミロングの女性にお願いしましょう。まず、手のひらを見せるように前に出して……」
　紫はエリオットの隣に立ち、イルカと見つめ合う。幼い頃に憧れたイルカのトレーナーと同じように、彼らと心を通わせることができるのは、やはり嬉しい。
（水泳を始めたのは、些細な意地の張り合いだと思っていたけど、もしかしたら――）
　ずっと水に囚われているように、緩くとも水泳をやめられないことも。様々な角度から心を読み取る心理学を学んでいることも。もしかしたら、水に生きる言葉の通じない彼らが、切っ掛けだったのかもしれない。
　……もしかしたら、だけれども。
「大きく円を描くように二回、右腕をまわしていただけますか？」
　イルカは指示を待つように、じっと紫を見つめている。それに応えるよう、紫はかざした右手をゆっくりと回転させた。するとイルカは手のひらを追いかけるように、ゆっくりと横回転し始めた。その早くもなく、遅くもないスピードはトレーナーさんのチェックもしやすく、紫の手伝いは無事に終了した。
「凄いねお姉ちゃん！　一回でOKなんて、本当に凄い！」
「ありがとう。……でも、イルカが賢いのよ、目できちんと会話をさせてくれたもの」