森繁美術館に行こう｜リアクション

森繁美術館に行こう

【あなたとお茶を】

　茶の葉のマークの喫茶店に、氷雨潤一と真辺伸幸は来ていた。
「今日は自分のおごりです。付き合ってくださったお礼です」
「ぬぅ？　ありがとうなのねぇ」
「ここのぜんざいはおすすめですよ。あ、抹茶ラテもおいしいですね」
「ぬー……、どちらも捨てがたいのよねー」
「では、両方頼みましょうか」
　やがて運ばれてきたぜんざいを見て、伸幸は嬉しそうに笑った。
「白玉小豆ぜんざい……！」
「白玉がおいしいんですよ。甘さも癖がなくて、ほどよくて」
　一口頬ばった伸幸が言う。
「これは本当においしいねぇ～！」

「面白い彫像がたくさんありましたね。動物も表情豊かで」
「俺はねぇ、のびのび寝てるにゃんこさんが、気持ちよさそうだなぁって思ったよ～」
「猫も素敵でしたね。あと自分は、鼠がかわいかったですね。あちこちに潜んでいました」
「あ、鼠さん。かわいかったよねぇ、必死に飛び跳ねてるのとかもいて～」
「お花を運んでいる鼠もいましたね」
　展示品を振り返り、言葉を交わすうちに、潤一がこう口にした。
「鼠といえば、そうだ妹の……。実は最近、面白いことが起きているんです」
「ぬーん？」
「このところ、お墓に行くたびに、花瓶の花が変わっているんですよ」
　誰がそなえた花なのかがまったくわからずにいるのだと話す。
「さきほどの鼠の作品のように、動物がせっせと運んでいるのだとしたら、面白いと思いませんか」
　潤一の話を聞いた伸幸には、まざまざとその様子が想像できたのだろう。
　ほんわかとした笑顔をみせて、伸幸はうなずいた。
「やぁ、ならその鼠さんは、すごい鼠さんだねぇ。こっそり誰かを、優しい気持ちにさせてくれるのよー」
　潤一と伸幸は、互いの笑顔が嬉しくて、余計に微笑み交わすのだった。

【ささやかな偶然】

　美術館を後にして、逆巻天野がネズと共に散策をしていると、お茶の葉のマークの喫茶店が目についた。
「そういえば喉が渇いたね。飲み物をテイクアウトして行こうか」
　美術館に立ち寄ったおかげだろう。
　日頃の疲れが少し抜けて、いい気分転換になったようだ。
　足取り軽く喫茶店のドアをくぐった天野は、店員にオーダーを告げた。
「持ち帰りでお願いします」
「少々お待ちくださいませ」
　落ち着いた雰囲気の店内には、お茶の香りがただよっている。
（けっこういい雰囲気だな……、ん、えっ、あれ！？）
　店内でくつろぐ二人連れが視界に入り、天野は思わずむせそうになった。
（びっくりした、何やってんの……）
　談笑する潤一と伸幸の姿に、天野の肩から力が抜ける。
（うん、でも、この店とあの二人は、けっこうお似合いかも）
「お待たせしました」
　店員からカップを受け取った天野の瞳には穏やかな光が宿っていた。

【ただいま】

　八神修はへとへとだった。
　美術館からの帰り道、体力は既に尽きている。
「よ……、ようやく、つい、た……」
　頑張った。
　実に頑張った。
　無事に帰宅し、玄関にたどりついた修は、そのままばったりと倒れ込んだ。
「うぅ……」
　呼吸が荒い修を心配したのだろう。
　五匹の飼い猫と一匹の飼い犬が駆け寄ってきて、頬や手の甲を舐めてくる。
「だ、大丈夫……だ……」
　思えば、美術館でも歩きっぱなしだった。
　少し頑張りすぎたかな、と思いつつも、これもひとつの『前進』だと、修は満足げに生き物のぬくもりに包まれるのであった。

END

このページにイラストを設定する