森繁美術館に行こう｜リアクション

森繁美術館に行こう

【触っても触らなくても】

　特別展示室に移動した浮舟久雨は、『前進』と『停滞』を前にして自問していた。
「これは……、面と向かうといろいろと考えてしまうな」
（……今の私は、一体どちらなのだろう）
　実際に触れてみても良い作品だとはいうが、触れる以前に、こうして自らに問いかけてしまう。
（前に進んでいないとは思わない。だが……）
「むうぅ……」
　頭の中を、これまで過ごしてきた様々な情景がよぎっていく。
　こうして、日々の物事に心を動かされているということは、すなわち確実に前へと進めているということなのだろう。
「しかしそのぶん、わからない事も増えていく」
　久雨はふたつの像を見比べて、深く息をついた。
　思考が渦巻き、考えがまとまらない。
「せっかくの機会だが、どちらにも触れずにおくか」
　まだ、その時ではないのだろう。
　もしくは像はきっかけにすぎず、触れるまでもなく、その役目を果たしたのか。
（今は触れずとも、考えることだけは止めない。そうだ、いつかは……）
　そう決めてしまうとおかしなもので、久雨はいくらかすっきりとした心持ちがするのだ。
「よし、帰るとするか」
　気持ちに区切りをつけて、久雨は美術館を後にした。
（今日の晩ご飯は何を作ろうか）
　帰る道すがら、買い物をしながら考えることにして、久雨は歩き出した。

【巡る置き土産】

　箕輪の解説を聞くうちに、南風草子についてすっかり詳しくなった大田原いいなは、今回の目玉である『前進』と『停滞』の像の前にやって来た。
「これじゃのう。箕輪殿の言う通りじゃ。人の形をしておるのぅ」
　雰囲気の異なるふたつの像だが、相通じるものもあるように感じる。
「なぜ、『前進』が女性で、『停滞』が男性なのじゃろうか……」
（意味深じゃのう）
　膝をつく『停滞』の前にしゃがんで、じっと見つめる。
（……この像、『何処かの誰かさん』にそっくりではないか……）
　ふうと息をつき、いいなは立ち上がった。
「そしてこちらが……」
　いいなの手が、そっと『前進』に触れる。
　じわじわと、胸の内に湧き上がる思いがあった。
（このめもを奴から受け取ったと知れれば、儂にも危害が及ぶかもしれん。じゃが、儂は……、この力を、フツウを護るために使わせてもらうぞ）
　像を見つめるいいなの眼差しは、まっすぐと上を向いている。
　使えるものは使う。
　いいなの瞳に、迷いはなかった。

　ふと、人混みの向こうに箕輪の姿を見つけて、いいなは歩み寄る。
（親切な解説のお礼じゃ。あどばいすをひとつ、のう）
　荒々しいところのなかった箕輪に対して、多少はガードの下がったいいなが、話しかける。
「箕輪殿、ひとつ気がついたことがあるのじゃが……」
　小声でいいなは、監視カメラの方角が固定となっているせいで、館内に死角が生じていることを教えた。
「じゃからの、あそこのかめらは、少し工夫したほうがいいと思うのじゃ」

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