七色の星、願い託して｜リアクション

七色の星、願い託して

★君は鏡の向こう側（恵御納夏朝）

　夏朝は、＜最果ての王国＞の姫君だ。
　父と母は優しく、まだ幼い弟は愛らしく、お城に仕える人達も、皆、気のいい人ばかり。
　たまにこっそりと出かける城下町は活気に溢れていて、夏朝の胸をふくふくと膨らませる。
　それなのに。
（いつも何かが足りないような気がするのは、何でだろう？）
　お城の、豪華だけれど品の良い自室で、膝の上の愛猫を撫でながら夏朝は考える。
　例えば、両親がプレゼントしてくれた、星屑製の、さやさやと煌めくジグソーパズル。
（もうすぐ完成なのにピースが足りないことに気付いた、あの時の気持ちに、似てる）
　残りのピースは、弟が、宝物のように持っていた。
　あんまり美しいパズルだったから、彼も、それをとても気に入ってしまったのだ。
　そのあと２人で一緒に完成させたパズルは、今は、夏朝の部屋に飾られている。
　パズルの方へと、夏朝は思案げに顔を向けた。
（でも、僕の心はパズルじゃない。足りないピースを、他の誰かが持ってるなんて、そんなこと……）
　あり得ない、と思うけれど、じゃあ、日に日に増しゆくこの気持ちは何だろう？
「……考えてても仕方がない、のかな」
　呟いて、夏朝は愛猫をもう一度撫でると、部屋を出た。
　少し、気分転換がしたいと思ったから。

※

「……あれ？」
　中庭を目指していたはずなのに、ふと気付くと、夏朝は知らない場所にいた。
　城の廊下の、いつもの角を曲がったつもりだった。
　そこを曲がれば、１階へと続く階段があるはずだったのだ。
　けれど目の前には、金の飾りが華やかな、重厚な雰囲気の扉があるばかり。
（考え事をしながら歩いてたから、道を間違えたのかな？）
　夏朝の暮らすお城は、とにかく広く、入り組んでいる。
　使われていない廊下や部屋も多いから、うっかりそこへ迷い込んでしまったのかも。
（早く戻ろう）
　くるりと振り返るや、夏朝はハッと息を飲んだ。
　角を曲がったばかりのはずなのに、目前には廊下が、ただただ真っ直ぐに続いている。
　奥の奥の方は、白っぽく霞んで、何が待ち受けているのかもわからなかった。
（どうしよう……）
　と、夏朝が眉を下げた、その時。
　背後で、扉がギィと開いた。
　夏朝を迎え入れるように、そっと、優しく。
　そして、その部屋の中に、夏朝は見た。
　流麗な装飾が施された金の縁取りが格式高い、大きな鏡。
　そこに、宝石を散りばめたような素晴らしい夜空が映っているのに。
「あの鏡……何だろう？」
　夏朝は、夢を見ているような気持ちで、鏡へと近づいた。
　白い部屋の中、ひたと、夜空を映す不思議な鏡の表面に触れる。
　そこに映り込んでいる夏朝が――ふっと、小さく笑った。
　驚く夏朝に、鏡の中の彼女が言う。
『夏朝。やっと会えた』
「君は……」
『僕は夏夜。もう一つの＜最果ての王国＞にいる、君の片割れだよ』

「僕の、片割れ……？」
　繰り返せば、鏡の中で夏朝にそっくりな少女――夏夜が頷いた。
『ずっと君に会いたかった。君に会うために魔法を沢山勉強したよ』
「君の世界には、魔法があるの？　物語に出てくるような？」
『うん。でも、こっちの世界には夜しかないんだ。陽が昇らない』
　何から何までへんてこな話だったけれど、夏朝には、夏夜の言葉が全て本当だとわかった。
　胸に、あたたかいものが満ちていく。
「僕も……たぶん僕も、ずっと君に会いたかった。夏夜ちゃん、これからも、こうして会える？」
『勿論。いつでも会えるよ。君が望めば、いつでもこの部屋に来られる』
「本当？　……良かった」
　こつん、と、額を鏡に当てれば、ひやりと固い感触の向こうに、夏夜の温度を感じるような心地がした。
（やっと、見つけた）
　ずっと心に引っ掛かっていた、足りない“何か”。
　ジグソーパズルの最後のピースがかちりと填まる音が、聞こえる気がした。